雅樹がパッと立ち上がった。
「ちょっ、おい、何やってんだよ!」
うろたえながら、雅樹はわたしにティッシュを差し出した。
わたしは受け取らずに、赤い傷をなめた。
ペンで突いて切り裂いた瞬間よりも、唾液がしみるヒリヒリのほうが、痛みが強い。
雅樹が大きなため息をついて、わたしから顔を背けた。
ごめん、と小さな声が聞こえた。
何を謝ったんだろう?
「ほっといてよ。戻れないんだから」
雅樹を突き放す言葉は、そのまま、わたし自身を攻撃した。
戻れない。
無邪気で明るい子どものころのわたしはもう、どこにもいない。
そもそも、戻っちゃいけない。
智絵を裏切ったこと、忘れちゃいけない。
脈を打つたびにズキズキする痛みが、何だか、しっくりきた。
気持ちいいとすら感じた。
わたしはこれを求めている。
これが手放せない。
そう思った。



