――畳のいい香りが……。

翠は微睡みから解放されると畳の部屋で寝ていたことに気がつく。
辺りを見渡すと和風な部屋であり、自宅でないのは確実なのだが、不思議と落ち着いている。

「あっ……ここは? それにしても異世界に来てしまったわけだが。」

落ち着いているとはいっても、どこだか判らない世界にいるということは皆が心配するに違いはない。
それだけが心残りなのだ。

「あっ、目が覚めましたか?」

少女は割烹着を着てニコニコと微笑みながら、台所らしき場所からヒョコっと顔を覗かせる。
不覚にも男、翠……ドキドキしてしまう。

「め、目は覚めたよ。」

「そうですか、良かったです。 まぁ、事情はなんです……夕飯の後にでもお伝えしますよ。 もう少しで夕飯は出来上がりますから、ごゆっくりとおくつろぎいただけたら幸いです。」

ふたたび微笑むと台所にまた姿を消して行くのだが、姿を消してからは翠は胸を押さえてため息をつく。

「うわっ、メッチャ可愛い。 清楚だし……うーん。」

黒っぽい艶やかな藍色の髪の少女。
凛としていてもどこか幼げな見た目は翠の心を揺さぶる。

「でも絶対彼氏いるよなぁ。 俺には届かないよ。」

ため息をつくとそのままゴロンと畳に仰向けになって脚を組み、天井を見つめる。
自宅の自室じゃ味わえない畳独特の温もりが心地よくて眠りにつくのはそう時間はかからなかった。



















――少女の声で起こされる。

「起きてください。 夕飯の時間ですよ!」

軽く一時間は眠っていただけなのに畳で眠ったからだろうか、スゴくぐっすり眠れてまるで八時間は眠ったような感覚がした。
それよりも鼻孔をくすぐるのは夕飯の香り。
少女はちゃぶ台を用意すると、おひつからご飯を盛り、鍋からは味噌汁に器には筑前煮が……。

「うわっ、すっげぇウマそう!」

筑前煮なんて渋いものに食欲は普段は湧かないのだが、こんなにも可愛い子の手作りだと美味しそうな補正がかかって今すぐにでも食べたい気分。

「お代わりもありますよ、逃げませんからどんどん食べてくださいね?」

立っている翠を座っている少女は、見上げる形で上目使いで翠を見つめる。
翠は幸せの絶頂に存在しており、雷に撃たれて良かったと……ジーンと涙ぐみながら座り、少女と一緒に夕飯を食べた。

今までに食べた料理の中で一番に美味しくて、三ツ星の料亭やホテル……それ以上の美味しさが脳を狂わせ、ご飯三倍も食べて満腹になる頃には幸せ太りも脳裏によぎる。
どんな料理も手料理が一番だと確信しながら畳に仰向けになりかけるも、このあと少女から大切なお話があるらしいのでピシッと座って、食器洗いが終わるのを静かに待った。