そんなある日私は習慣からか、ふらりと本屋に立ち寄った。
私が事故に遭う直前に渡した原稿。その本の発売日が今日だった事にふと思い至る。チラリと新刊のコーナーに目を向ける。
今まさに、私の本を手にしているギターを背負った制服の男の子を見つけた。何をするでも無く見つめ続ける。手にした本を嬉しそうに見つめるその子は微笑みながら会計へ向かった。ぼんやりとしていた頭に稲妻が走った。衝撃だった。
今まで自分のために書いてきた本が、誰かを笑顔にしている事が。不思議な気持ちだった。自分の言葉で、誰かを笑顔に出来る事が。
私は走って家に帰り、精一杯の言葉でお母さんに伝えた。今日会った彼の事。それがどんなに嬉しかったか。どんなに私の心を救ったか。話しながら泣き崩れる私を見て、お母さんも一緒に泣き崩れた。何とも言えない気持ちが心に広がる。それが何かは分からない。けれど1つだけわかる事がある。
「私…本、を…あきら、め、たくない!!」
精一杯の声で叫んだ自分の言葉にはっとする。本だけは嫌いになれなかった事に、今更ながらに気が付いた。