「私には何もないよ」


「だから、俺にはあるんだって」


「私の事、どうでもいいんでしょう?それなら、構わないでよ。別れたんだから、もういい……っ」


一瞬。


本当に、一瞬。


触れた唇は、微かに震えてた。


頭を引き寄せられて、玄関先で、キス。


誰かに見られるという焦りと、どうしてっていう疑問が、私の中で渦巻いた。


唇が離されると、そのまま、抱きしめられて。


「―頼む、話を聞いてくれ」


と、懇願されてしまった。


こんなこと、初めてである。


弦刃は、いつも前を向いていたから。


「……わかった」


弦刃を家に招き入れて、私は彼を振り返る。


「座ってて」


お茶の準備をするため、台所に向かおうとした。


でも……できなかった。


「……弦刃?」


「っ、ごめん」


「何が?」


お金の件は、お兄ちゃんに任せておいたはずだ。


お兄ちゃんのことだから、きっと上手くやってくれるだろうと思っていたのに。


(……分かっていたんだよ)


弦刃の世界で、弦刃の周囲にいる女の人達は美人で、頭も良くて、仕事できる人もいて、家としての後ろ盾も弦刃に用意してあげられる。


なのに、私は?