「盗聴器の設置って言ってます。これって犯罪じゃないですか。すぐに取り押さえて」


「取り押さえてどうする。盗聴器を仕掛けることを、盗聴で知ったとでも言うつもりか」


「あっ……」


「手の内をバラすわけにはいかないからな。あとは潤一郎に任せる。

副社長の兄貴にでも相談して、なんとかするだろう」



立場上どうにもならないこともある、わかるな、と諭す声に水穂はうなずいた。

抱えられた腕から抜け出し、そうだ、と思い出したように問いかけた。



「ネクタイにマイクでもついてるんですか」


「蝶ネクタイに仕込んでもらった」


「マイクのこと、聞いてません」


「そうだったか? 使用する人物に合わせて作られた特注品だ。栗山が持ってきてくれた。

なかなかのすぐれものだぞ」


「科捜研はそんなものまで作ってるんですね。それで、これから、どこにいくんですか」



栗山の名前が出たが、水穂は顔色を変えることなく質問を繰り出した。

吹っ切れたのだろうかと、ちらっと心の隅で考えながら籐矢も答えを返す。



「客室前で不審物が見つかった。危険物処理が必要か、現在確認中だ」


「形状は?」


「約30センチ四方の箱が、オペラ歌手の波多野結歌の部屋の前で見つかった。見つけたのも彼女だ」


「えっ? 歌手の波多野さんが発見者? 怪しい人物の一人じゃないですか。自作自演ですか」


「うん……俺もそう考えた。もし自作自演だとして、なぜそんなことをしたと思う」



口元に手を当て、水穂の顔が真剣に考える。



「危険物と知らされて、集まってきた捜査員を把握するため……ですか」


「だろうな」


「じゃぁ、私たちが顔を見せたら、盗聴と同じで、手の内を明かすようなものじゃないですか」


「俺たちの身分はとっくに知られている。客にあれだけICPO勤務ですかと聞かれたんだからな」


「そうでした。とっくにばれてますね」



むやみに捜査員が集まらないよう指示を出したと聞き、水穂は了解しましたと短く返した。

ドレスを身にまとっていなければ、敬礼しそうな顔つきである。



「念のため、波多野結歌の部屋も調べることになっている」


「女性の部屋を調べるために私が呼ばれたんですね。わかりました」



小気味よい掛け合いで意思が伝わる。

こんな時の水穂は、最良のパートナーだと籐矢は思うのだった。



「それでも波多野結歌がクロだと決まったわけではない。本当に危険物かもしれない。気をつけろ」


「はい。でも、危険物処理は誰が?」


「エキスパートがいるから心配するな」



不安な顔を見せた水穂へ、このときばかりは優しい顔で語りかけた籐矢だったが、エレベーターの扉が開くと厳しい顔で歩き出した。


箱の前にしゃがみこむ人物を見て、水穂は小さく息をのんだ。

そこにいたのは、昼の会議で捜査員に加わった、かつての水穂のパートナー、水野紳太郎だった。

危険物処理のエキスパートが水野紳太郎なら、水野が捜査員に加わることは、あらかじめ決まっていたということになる。

会議の席で籐矢を知らないと言った彼の言葉は、演技だったということか。

籐矢を見上げると、水穂の心の問いかけがわかったような返事があった。



「水野は危険物処理が専門だ。知らなかったようだな」


「はい……」



水野を危険物処理のための要員として呼んだのであれば、なぜあのような芝居をしたのか。

あの会議に出ていた誰かを欺くためか。

水穂の頭に様々な疑問が浮かんだが、それをここで口にするわけにはいかないと判断した。

廊下に監視カメラが見えたためである。



「大丈夫でしょうか」


「あぁやって箱に接近している。危険はないものなんだろうよ」



物騒なものじゃなかったようだなと言いながら、籐矢は水野に近づいていった。