『久遠』 の一室に集まったのは、籐矢と水穂のほか、客船のオーナーである久我社長、京極長官、潤一郎、水野紳一郎の顔もある。

京極虎太郎は、遅れて参加することになっていた。



「各方面へ調整は完了しました。水際でテロを防いだことへ、評価をいただいております」



京極長官の報告に全員が耳を傾ける。

誰から評価があったのか、口にしなくともみなわかっていた。

政府機関へも報告済みということは、昨夜のうちに何らかの動きがあったことを示している。

水穂は籐矢の顔を睨み、やはり秘密裡に会合が行われたのかと言うように無言の圧力をかけるが、知らぬ存ぜぬの顔で全く反応はない。

もっとも、直属の部下にも言えないことはあるのだと言うことくらい、水穂にもわかっている。

籐矢を責めても口を割らないだろうと思いながら、どこかさびしい気持ちにもなった。

隣に座る籐矢の脇腹でもつまんで、このやるせない気持ちを伝えようかと思うが、まさか会議中にそんなことはできるわけもなく、不満そうな顔でうつむいていたところ隣から手が伸びてきた。

水穂の腕を引き自分側に引き寄せた籐矢は、仕事の伝達でもするように厳しい顔で、



「むくれた顔をするな。あとで話してやる」 



ようやく聞き取れる小さな声で耳打ちしてきた。

籐矢の言葉を聞き気持ちが少し軽くなったが、水穂は喜びを表すことなく口元を固く閉じたまま無言でうなずいた。



「やはりテロの可能性があったということですか」


「否定できません」


「蜂谷理事長が中心人物ですか」


「我々はそのように考えておりますが、実のところ証拠不十分でして」



京極長官と久我社長のやり取りを、籐矢は苦い思いで聞いていた。

ギリギリまで追いつめていたら、黒幕の正体もわかったものをと思うと悔やまれてならない。

蜂谷廉は大物には違いないが、今回の事件を企てた人物でないことは籐矢にも潤一郎にもわかっていた。

水穂と弘乃が捕えられていたとき、船内で別の動きがあった。

水穂たちと同じ部屋にいて、薬で寝かされていた蜂谷の指示でないことは、角田たちの証言からわかったことで、謎の人物が浮かび上がっていた。

弘乃の体調は回復しただろうか……

籐矢の胸は重石を抱えた気分だった。

今回、弘乃が事件に巻き込まれたのは、籐矢に近い存在であったことによるもので、籐矢の動きを封じるために監禁され、心身に多大な負担をかける結果を招いてしまった。

籐矢に心配させまいと、気丈にふるまう昨日の弘乃の姿が思い出される。

病院へ運ばれる間際、マンションではなく神崎のお家へ帰るんですよ、お母さまもお待ちかねですから必ず帰るようにと、弘乃から昔の口調で諭された、

昨夜は水穂が予想した通り、秘密裡に会合がおこなわれていたのだが、水穂の探るような問いかけに素知らぬ顔で答えながら、勘の良さに驚いていた。

集まった顔ぶれは、籐矢、潤一郎、水野、京極長官ほか数名、そして、警察幹部である水穂の父親も入っていた。

まさに水穂が言った限定メンバーである。

真夜中近くまで会合が行われ、籐矢が家に帰ったのは日付が変わったあとのことだった。

リヨンに赴任した後もそのままになっている自分のマンションに帰るつもりでいたが、弘乃の言いつけに背きたくなくて神崎の家に帰った。

継母も弟も、そして、体調が思わしくない父も、深夜の帰宅となった籐矢を待っていた。

弘乃の言葉に従って良かったと、籐矢は心底思ったのだった。



「テロを企てたと思われる証拠があったんですね。武器ですか? 爆発物とか?」


「警備が厳重だったため、武器の持ち込みはできなかったのでしょう。

原始的な方法で騒ぎを起こそうとしていた形跡がありました」


「私から説明させていただきます」



京極長官と久我社長のやり取りに、爆発物処理のプロである水野が加わった。

水野は専門家の見解を述べながら、それでもできるだけ丁寧に解説を始めた。

どこにでもある物でも、その知識があれば殺傷力がある武器ができること、楽器ケースに部品を忍ばせて乗船したことなどが話され、久我社長はそのたびに息をのみ青ざめた。



「切手が見つかったそうですが、この船に以前からあったものということですか」


「そうですね。何度もオーナーが変わっています。

どの時点で誰が絵画の額に希少切手を隠したのか、それはわかっていません。

しかし、 彼らが切手の存在を知っていたと言うことは、少なからず知られていたことではないでしょうか」


「そんなことも知らずに、私はこの船を買ったのか……金塊もでてきたそうですね」


「金の延べ棒ではありませんが、金の塊には違いありませんね」


「そんなもの、どこにあったんですか」


「カーテンの錘です」


「おもり?」



客室のカーテンの裾の縫い目部分がほどかれたものが何枚もみつかった。

縫い目がほどかれたものだけでなく、直接切り取られたものもあり、なぜそんなところがと不可解だったが、取り調べた 『紅蜥蜴』 のメンバーの口から、金を探していたとわかったのだった。

客室のカーテンの裾に金の棒があると聞かされていたのに、どこをほどいても金は見つからず、焦った彼らは鋏でカーテンを切り取る暴挙にでた。

しかし、金はどこにもなかったという。



「そうでしょう……『久遠』 での披露宴が決まり、急いで船内の内装を整えました。

絨毯とカーテンはそのままを使うつもりでいましたが、日本の船にはそぐわないものでしたので、総入れ替えといたしました。

短期間でこれだけの量を入れ替えるのは無理かと思われましたが、新婦のご実家、須藤家のお力で数をそろえることができたのです。

えっ、とうことは、須藤さんが引き取ったカーテンを調べたということですか!」


「叔父さん、事後報告になりました、すみません。内装が行われたことは宗に聞きました。

須藤さんの会社が手配したと聞いたので、交換したカーテンを調べさせてもらいました」


「そこから金塊が出てきたのか!」


「出てきました。金塊というより金の板ですが」



カーテンの裾に入っている錘は、そう大きなものではないが、客室全部となるとかなりの量となる。

抜き取って調べた物から金が見つかったため、夜を徹してその確認作業が行われたのだった。

現段階でまだ確認中だが、おそらく全部に縫いこめられているのではないかと報告が入っていた。



「隠し財産でしょう。切手だけでも、億の値がつくものです」


「億とは……」


「ほかにも見つかったんですよ」


「はっ? まだあるのか」



思いもせぬ報告をうけ、久我社長はことの大きさにめまいが生じ椅子に倒れ込んだ。