荷物を急いでまとめて、先輩に置手紙を書いた。それらを手に持ってホテルを出る前に、先輩が宿泊している部屋の扉の隙間に置手紙を挟める。

『突然いなくなったりしてごめんなさい。どうしても彼が忘れられませんでした。だから私の手を引いてくれる彼と一緒に、ホテルを出て行きます。今までありがとうございました』

 あれだけ心配させておきながらこんな簡潔な内容しか書けない自分に、心底嫌気がさした。だけど――

「瑞穂、行きますよ」

 私の荷物を持ちながら手を引いてくれる彼を、もう一度信じてみたいと思ったから。

「ジュリオ……ありがと」

 不安とかいろんな気持ちがいっぱいでふわふわしてる私を、どこにも行かないようにしっかりと手を握ってくれるジュリオ。そのあたたかさに、縋りついて離れられなくなる。

「これから向かうところは、私だけが住んでいる小さな家なんです。あまりの小ささに驚かないで下さいね」

 ベネツィアの独特な石畳を、ふたり並んで歩いた。靴音だけが響き渡る深夜の静まり返った感じが少しだけ怖かったけど、隣にジュリオがいるから安心――

「ジュリオだけが住んでるの?」

「はい。私の祖父がプレゼントしてくれた家なんです。だから管理も私一人がしているんです。掃除や修繕も、全部やっているんですよ」

 お坊ちゃま育ちのジュリオがひとりで家の管理なんて、代表取締役社長とか仕事がとっても忙しそうなのに、できるんだろうか?

 イタリアの住宅街はよく分からないけれど、同じくらいの大きさの建物が点在する中にジュリオの家があった。見た目は両隣にある家と大差がない状態。それでも家具なんかは、あきらかに高級品だと分かる物ばかりで、触って壊したらどうしようと思われる――

「どうしました、瑞穂?」

「ここにある家具、アンティークな感じだなぁって。統一されていてステキだわ」

 玄関から入って目に留まった、柱時計を見上げてみる。大きなのっぽの古時計って、きっとこんな感じ。

「祖父の趣味なんです。古いものを大事に扱って長く使ってほしいという、意味も込められているんですよ」

 その言葉に、自然と口角が上がった。

 きっと優しいジュリオなら大切に使ってくれるだろうと分かっていたからこそ、この家と一緒に託したんだろうな。

「だけど安心してください」

「何が?」

「ベッドは新しいですから、どんなに激しくても大丈夫です」

 くすくす笑いながら告げられた言葉に、顔全部が熱くなった。

「ジュリオっ」

「メインディッシュは、あとにとっておきますから。瑞穂、先にシャワー浴びますか? その間に冷凍ピザでも温めておきますよ」

 手を引いて浴室に連れて行ってくれたのだけど、恥ずかしくてずっと俯いたままでいた。まるで今の自分は子どもみたい。ジュリオにおんぶに抱っこ状態だよ。

「はい、バスタオルです。おやおや、どうしたのですか、そんな顔して?」

「いろいろありがと、ジュリオ。負担になったら言ってね」

 手渡してくれたバスタオルを握りしめながら窺うように見つめると、あたたかい手で私の顔を包み込んでくれた。

「負担になんてなるわけないでしょ。瑞穂は可愛いお姫様ですから」

 そのまま引き寄せられて、唇を奪われる。最初は優しいキスだったのに、熱のこもったものに変化していき、立っていられなくなる。

 手に持っていたバスタオルを落してジュリオの躰を掴んだら、それが合図になったように腰を抱き寄せてきた。

「……んっ、ジュリ、オ……」

「ピザよりも先に、瑞穂の躰をあたためたくなります」

 ぐるるぅ~~~!

 ピザという言葉に反応して、思い切り鳴ってしまったお腹――あまりの音に、ふたりで顔を見合わせた。

「ちょっ、ゴメンなさい」

 穴があったら入りたいとは、このことだ。こんないい雰囲気に、何やってんだろう。

「まずは瑞穂を感じさせる前に、きちんと腹ごしらえをしてからですね。すみません、つい夢中になってしまって」

「や……私の方こそ、何度謝っても謝りきれないっていうか」

 落としていたバスタオルを拾い上げ、顔をしっかりと隠した。

「アナタとの出逢いは、インパクトがありましたから。こんなことでは驚きませんよ。ダイニングテーブルで待ってますね」

 ふわりと柔らかい笑みを浮かべ、颯爽と去って行く後ろ姿に見惚れてしまった。

 さりげなく気遣ってくれるジュリオの様子が、更に心をほっこリさせてくれたのだった。