***
「いってらっしゃい、気をつけてね」
朝刊とトマトを手にして、にこやかに出て行ったジュリオ。結局、朝ご飯を作ることができなかった。
「あ~あ、何しに来たんだろ私……」
とりあえずシーツの交換をして洗濯機を回しながら、家の掃除をする。ジュリオが玄関で教えてくれた傍にある朝市へ行ってみようと、急いで支度をした。
「どんな物が売ってるのかな、楽しみ」
せめて晩御飯くらい、手料理を作ってお出迎えしてあげたい――
「ジュリオは何が好きか、聞いておけば良かったな」
ちょっとだけ後悔しながら家を出る。あたたかい日差しがまるでジュリオが包んでくれる体温みたいで、口元に自然と笑みが浮かんでしまった。
教えられた通りに家を出てから左に向かってしばらく真っ直ぐに歩いて行くと、人の賑わう声が聞こえてくる。声に導かれて踏み出そうとした足を、誰かが私の肩に手を置いて突然引き止めた。
振り向くと、そこにいたのは――
「やってくれましたね、井上瑞穂さん」
日の光を浴びた白金髪の髪をなびかせた青い瞳でじいぃっと私を見下ろす、側近のダニエル・ベルリーニさん。
まとっている雰囲気とアイスブルーの瞳が、更に緊張感を与えてきた。
「どうしてここが分かったのか。という顔をしていますね。側近なら当たり前のことなのですよ。知らないのは社長だけ。しかしアナタのような女性が趣味だとは、まったく分からなかったですけど」
流暢な日本語で喋ってくれても、そこにはまったく感情を感じ取ることができなかった。
不安すぎて一歩退くと、グイッと顎を掴まれて引き寄せられる体。
「ちょっ!?」
「こんな可愛い顔して社長をたらし込み、財産を狙うなんて大したものですね」
「財産なんて欲しくないわ! 離してよ」
掴まれている顎を何とかすべく腕に手をかけたら、強引に顔を寄せてきてキスされてしまった。
「んぅっ!?」
そのままグイグイと私の体を、人気のない路地裏へと押していく。このままじゃ――
「っ、いやっ!!」
力いっぱいに抵抗して何とか唇を外して逃げようとしたけれど、後ろからぎゅっと抱きかかえられてしまった。しかも悲鳴をあげられないように、手で口を覆われてしまう始末。
「やれやれ。日本人女性は優しくて淑やかで、黙って男につき従っていると聞きましたが。人によるのでしょうか」
覗きこまれるように顔をジロジロと見られ、無性に腹が立ってきた。しかも口を塞がれているから、反論すらできないってすごく悔しい!!
「それと日本人女性がいとも簡単にイタリア人男性に落ちる、なんていうウワサもあります。これは当てはまってしまったようですね」
「んっン~、んっんっ!」
「何なら、私と寝てみますか? ジュリオ様とどっちがいいか、試してみるのも悪くないと思いますよ」
耳元でクスクス笑いながら言い放ち、空いてる手でスカートの裾をゆっくりと捲った。太ももを這い上がっていく手に、ゾクゾクしてしまう。
(イヤだ、こんなの――絶対にイヤだっ!!)
「吸い付くような、滑らかな肌をしていますね。愛人にしてやってもいいくらいだ」
滲んでくる悔し涙で、ピンと閃いた。
「んっ~ぅ、んぅふ、っ……ンンっ!」
眉根をうんと寄せて感じているわという表情を作り、さっきあげた声よりも鼻にかかったような甘い声を出してみた。途端に手で覆われていた口が、あっさりと解放される。
「ちょっと触っただけなのに、こんなに声をあげて。もっと感じさせてあげますよ」
自由になった頭を使って近づいた顔目がけて、頭突きを思い切りかましてやった。
「どあぁっ!」
顔面を押さえてヨロヨロしながら手を離したのを機に、急いで逃げようとしたんだけど――走り出した私の腕を寸前のところで掴んで、素早く引き戻した。
「おっと! 大人しくしないと首をへし折りますよ、可愛いお嬢さん」
首元に太い腕を回され、ぎりぎりと容赦なく締め上げる。そのせいで、助けを呼ぶ声を出すこともできない。
「くっ、くるし、ぃ……」
「見かけ以上に、じゃじゃ馬なんですね。そういうところにジュリオ様が惹かれたのでしょうか」
「は、なし、て。死んじゃ、う」
あまりの苦しさに腕をバシバシ叩いて必死にアピールしたら、少しだけ力を抜いてくれた。
「これでおあいこにしてあげます。逃げようなんて考えないことだ」
心に響くような低い声で言ってから、パッと手を離した。あまりの苦しさに、その場にしゃがみ込んだままでいるしかない。
「さて大人しくなってくれたところで、本題に入りましょう。これを見て戴きたい」
座り込んだ私に手を伸ばして立ち上がらせると、スーツの胸ポケットから取り出した紙を広げて、目の前に突きつける。
「今朝の朝刊を、コピーしたものです」
家を出る少し前に、朝刊に目を通していたジュリオ。時間がないと言って読んでいた新聞を手早く畳んだと思ったら、冷蔵庫からトマトをひとつだけ取り出して、一緒に持って行ったっけ。
今朝のことをぼんやりと思い出しながら、コピーされた紙を神妙な面持ちで眺めてしまった。
そこに印刷されていたものは――。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
朝刊とトマトを手にして、にこやかに出て行ったジュリオ。結局、朝ご飯を作ることができなかった。
「あ~あ、何しに来たんだろ私……」
とりあえずシーツの交換をして洗濯機を回しながら、家の掃除をする。ジュリオが玄関で教えてくれた傍にある朝市へ行ってみようと、急いで支度をした。
「どんな物が売ってるのかな、楽しみ」
せめて晩御飯くらい、手料理を作ってお出迎えしてあげたい――
「ジュリオは何が好きか、聞いておけば良かったな」
ちょっとだけ後悔しながら家を出る。あたたかい日差しがまるでジュリオが包んでくれる体温みたいで、口元に自然と笑みが浮かんでしまった。
教えられた通りに家を出てから左に向かってしばらく真っ直ぐに歩いて行くと、人の賑わう声が聞こえてくる。声に導かれて踏み出そうとした足を、誰かが私の肩に手を置いて突然引き止めた。
振り向くと、そこにいたのは――
「やってくれましたね、井上瑞穂さん」
日の光を浴びた白金髪の髪をなびかせた青い瞳でじいぃっと私を見下ろす、側近のダニエル・ベルリーニさん。
まとっている雰囲気とアイスブルーの瞳が、更に緊張感を与えてきた。
「どうしてここが分かったのか。という顔をしていますね。側近なら当たり前のことなのですよ。知らないのは社長だけ。しかしアナタのような女性が趣味だとは、まったく分からなかったですけど」
流暢な日本語で喋ってくれても、そこにはまったく感情を感じ取ることができなかった。
不安すぎて一歩退くと、グイッと顎を掴まれて引き寄せられる体。
「ちょっ!?」
「こんな可愛い顔して社長をたらし込み、財産を狙うなんて大したものですね」
「財産なんて欲しくないわ! 離してよ」
掴まれている顎を何とかすべく腕に手をかけたら、強引に顔を寄せてきてキスされてしまった。
「んぅっ!?」
そのままグイグイと私の体を、人気のない路地裏へと押していく。このままじゃ――
「っ、いやっ!!」
力いっぱいに抵抗して何とか唇を外して逃げようとしたけれど、後ろからぎゅっと抱きかかえられてしまった。しかも悲鳴をあげられないように、手で口を覆われてしまう始末。
「やれやれ。日本人女性は優しくて淑やかで、黙って男につき従っていると聞きましたが。人によるのでしょうか」
覗きこまれるように顔をジロジロと見られ、無性に腹が立ってきた。しかも口を塞がれているから、反論すらできないってすごく悔しい!!
「それと日本人女性がいとも簡単にイタリア人男性に落ちる、なんていうウワサもあります。これは当てはまってしまったようですね」
「んっン~、んっんっ!」
「何なら、私と寝てみますか? ジュリオ様とどっちがいいか、試してみるのも悪くないと思いますよ」
耳元でクスクス笑いながら言い放ち、空いてる手でスカートの裾をゆっくりと捲った。太ももを這い上がっていく手に、ゾクゾクしてしまう。
(イヤだ、こんなの――絶対にイヤだっ!!)
「吸い付くような、滑らかな肌をしていますね。愛人にしてやってもいいくらいだ」
滲んでくる悔し涙で、ピンと閃いた。
「んっ~ぅ、んぅふ、っ……ンンっ!」
眉根をうんと寄せて感じているわという表情を作り、さっきあげた声よりも鼻にかかったような甘い声を出してみた。途端に手で覆われていた口が、あっさりと解放される。
「ちょっと触っただけなのに、こんなに声をあげて。もっと感じさせてあげますよ」
自由になった頭を使って近づいた顔目がけて、頭突きを思い切りかましてやった。
「どあぁっ!」
顔面を押さえてヨロヨロしながら手を離したのを機に、急いで逃げようとしたんだけど――走り出した私の腕を寸前のところで掴んで、素早く引き戻した。
「おっと! 大人しくしないと首をへし折りますよ、可愛いお嬢さん」
首元に太い腕を回され、ぎりぎりと容赦なく締め上げる。そのせいで、助けを呼ぶ声を出すこともできない。
「くっ、くるし、ぃ……」
「見かけ以上に、じゃじゃ馬なんですね。そういうところにジュリオ様が惹かれたのでしょうか」
「は、なし、て。死んじゃ、う」
あまりの苦しさに腕をバシバシ叩いて必死にアピールしたら、少しだけ力を抜いてくれた。
「これでおあいこにしてあげます。逃げようなんて考えないことだ」
心に響くような低い声で言ってから、パッと手を離した。あまりの苦しさに、その場にしゃがみ込んだままでいるしかない。
「さて大人しくなってくれたところで、本題に入りましょう。これを見て戴きたい」
座り込んだ私に手を伸ばして立ち上がらせると、スーツの胸ポケットから取り出した紙を広げて、目の前に突きつける。
「今朝の朝刊を、コピーしたものです」
家を出る少し前に、朝刊に目を通していたジュリオ。時間がないと言って読んでいた新聞を手早く畳んだと思ったら、冷蔵庫からトマトをひとつだけ取り出して、一緒に持って行ったっけ。
今朝のことをぼんやりと思い出しながら、コピーされた紙を神妙な面持ちで眺めてしまった。
そこに印刷されていたものは――。



