「過去はどうすることもできないけど、過去より未来の方がずっと長いから。……多分」

真面目でやさしい啓一郎さんは、ロマンチックな夢ではなく、真面目でやさしい未来を話す。

「だったら、ボケてわたし以外の女性ぜーーんぶ忘れるくらい長生きしてくださいね」

欲張りで図々しいわたしは、欲張りで図々しい約束を迫った。

「……頑張ります」

「あー、はやくボケないかなー」

「それは嫌だよ」

暑くもない部屋で頬を赤くする啓一郎さんにしがみついて、少し速いその胸の音を聞いていた。

「……わたし、まだ晩御飯食べてないんですよね」

啓一郎さんの吐息が、頭にふりかかる。

「何が食べたい?」

「あんこう鍋」

わたしを抱き締めている腕がビクッと震えた。

「何でもごちそうするって言ったそばから悪いんだけど、あれは予約が必要で……」

「ええーーっ! じゃあラーメンでいい。龍華苑の中華そば」

「いいよ。行こう」

立ち上がった啓一郎さんが差し出した手を拒んで、自分で立ち上がる。

「やっぱり今日はわたしがごちそうします! ここで奢ってもらったらお金目当てみたいだもん」

「お金ないくせに」

「大丈夫です! 水道代は少しくらい滞納しても待ってもらえるので」

「頼むから奢らせて!」

初めて啓一郎さんと手を繋いだ。
少し力をいれると、それより強く握り返してくれる。

「小花、ありがとう」

そうして見た世界は、家々の灯りを雪が反射して、泣きたいくらいに明るく輝いていた。