貸し切り風呂は空いてさえいれば、何分でも何回でも利用していいことになっている。
利用者は“使用中”の札を出して、鍵をかけるだけでよかった。
「ごめんね、小花ちゃん。お先に使わせてもらうわね」
「わたしは大浴場の方に行きますから、存分に浸かってきてください」
おばさんが貸し切り風呂を使うので、こだわりのないわたしは宣言通り大浴場に向かった。
浴衣はうまく着られないので、パジャマにもなるルームウェア持参。
お風呂のあとは、おじさんと啓一郎さんの部屋で、もう少し飲むことになっていて、ケーキはそのとき出す予定になっている。
小さな旅館だからか、お客さんも少なくて、廊下を歩いてもさほど人と会わない。
従業員さんも見かけなくて、夜の山に取り残されたような、少しさみしい気持ちになって、大浴場までの廊下を小走りで駆け抜けた。
「あ……」
廊下の先に啓一郎さんがいた。
わたしを見ると少し困ったような顔をして、
「小花」
と呼ぶ。
「啓一郎さんもお風呂ですか? 一緒ですね」いつもならスラスラ出てくる言葉が出なかった。
ここでちゃんと話をした方がいいことはわかっているのに、何か自分の中に意地が残ってそれをさせてくれない。
元来話しかけることが苦手な啓一郎さんではこの空気を打破できず、わたしは無言のまま女湯ののれんをくぐってしまった。



