啓一郎さんはああ言ったけど、さすがに全部食べ切るのは難しそうなボリュームがある。

「これ、何かな?」

小さなピンク色のグラスに黄金色の液体が入っている。

「食前酒じゃないかしら」

おばさんはそっと口をつけ、次の瞬間うっと眉根を強く寄せて咳き込む。

「リンゴのお酒ね。甘くておいしいけど、ものすごく強い。私は無理」

「どれどれ?」

グラスに唇がつく前からさわやかな香りが鼻を抜けた。
ただ、硫酸でも飲んだかと思うほど、液体に触れたところからビリビリ熱を持ち、ほんの少量で胃まで真っ赤に燃えるようだった。

「本当だ。すっごく強い。でもおいしいですね。気持ちとしてはジョッキで飲みたいくらい」

気持ちと実際は別問題で、舌と喉を焼きながらちびちびと舐め続ける。

「あげる」

啓一郎さんがわたしの方に食前酒のグラスを押しやった。

「これも。俺は甘い酒苦手だから」

と、おじさんも。

「いいんですか? あ、天ぷらひとつと交換しましょう。何が好きですか?」

「そんなのいらないよ」

おじさんは遠慮したけれど、天ぷらのかごを押し付けた。

「助けると思って」

おじさんが大葉を、啓一郎さんが舞茸をそれぞれ取った。

「ふたりともやさしいー。わたしならエビ取っちゃうな」

まぐろにつけたワサビに涙し、茶碗蒸しでやけどし、残してくれたえび天にかぶりつく間にも、リンゴのお酒を舐め続けた。
ジョッキいっぱいには程遠い量だけど、週末仕事終わりで移動した疲れもあってか、頭の芯がぼうっとする。

「酔っぱらっちゃったー」

「あらあら大丈夫? お風呂入れそう?」

「そこまでヘロヘロじゃないので大丈夫です。だけど、ものすごーく気分いいですー」

「それはよかったわ」