「これ、なんていう名前なんでしょうね」

例のカレールー入れに少し触れて聞いてみた。
どうでもいいことだし携帯で検索すればわかることだけど、彼ともっと話してみたかった。

「さあ。考えたこともありません」

最初の頃よりずっとクリアな声で、彼は答えた。
言葉の内容に反して、拒絶した感じはない。

「ちょっと考えてみませんか?」

わたしは腕組みをして真剣に考える。
ミルクピッチャーにも近い形状だけど、和食器だろうから名前は日本語のはず。

「なんだろ? お湯を冷ますものだから『夕涼み』」

『湯涼み』に掛けた会心の出来で、わたしは自信たっぷりの笑顔を向けた。

「それなら『湯冷まし』(正解)でしょう」

まっとう過ぎる彼がまっとうな返事をする。

「そんな面白みも情緒もない名前じゃダメですよ。もっとこう、想像力を掻き立ててください」

「想像力?」

「例えば、うーーーん? 『ひとひらの木葉』とか」

「……なるほど。見えなくはないですね」

軽く眉間に皺を寄せてカレールー入れを眺める様子は、言葉の半分ほども共感していない。

「雰囲気ですよ、雰囲気。はい、どうぞ」

「俺!?」

「もちろんです。あ、大事なのはアイディアですからね」

彼はなかばうめくように考えて、

「…………『温水』」

と、絞り出すように答えた。

「そのままですね」

「ひねる必要ないでしょう」

「面白みと茶目っ気は重要ですよ。却下」

「……『笹舟』」

「いい感じです。風流ですね。……『愛の行く末』」

彼はちょっと感心してくれたようで、2、3度うなずいた。

「なるほど。“冷める”んですね。それなら『百年の恋』が一般的ですけど」

「“一般的”とかいらないんです。オリジナリティもポイント高いですから。いっそ『アイドル、その裏の顔』とか」

「うーん、『吐息』」

「ああ! フーフーして冷ますんですね。かわいい。じゃあわたしは『若気の至り』」

「冷めますか?」

「はい。思い出すと冷や汗が出るとともに、心が冷めます」

「むしろカッと熱くなりそうですけど」

「個人差ありそうですね。それだと『交際三年目』も商品名としては難しいかな」

「数日で冷める人もいますからね」

『秋の訪れ』(冷える)、『宝くじが当たる夢』(覚める)、『夜明け』(目が覚める)、『重要会議に寝坊』(肝が冷える)、『あなたの後ろの黒い影』(背筋が冷える?)、『モナリザのため息』(?)。だんだん何の話だったのかわからなくなってきた。