やさしく包むエメラルド


「啓一郎さん」

「なに?」

「何か、わたしに言うことありませんか?」

「……誕生日おめでとう」

わたしはおごそかにうなずいて、それでも厳しい表情は崩さない。

「忘れてたよね?」

「忘れてないよ。いろいろ考えてたし」

「待ってても全然言ってくれなかった」

「今の会話に差し挟む余地なんてなかっただろ……」

「どっちにしても指摘されてから言うなんてダメー」

くるりと啓一郎さんに背を向けて、わたしはわざとズズーーーーッと音をたてて“極濃”をすする。

「小花」

ズズーーーーッ!

「誕生日おめでとう」

ズズーーーーッ!

「悪かったって」

ズズーーーーッ!

「小花ーーー」

すするものがなくなって、不本意ながら振り返った。
啓一郎さんは弱り切った表情でわたしを見ていたけれど、おもむろに牛乳の残りをイッキ飲みして、白くなった口元をティッシュで拭う。

「俺のこと好きだろ?」

あまりに予想外の発言で、飲み込んだはずの牛乳が気管に入りかけた。

「けほっ! ……好きだけど、何? 急に」

「お前は俺のものだ」

「はあ、まあ、そうだね」

「お前を一生離さない」

「……………?」

さすがに何か様子がおかしい。

「あと、何だっけ。『きみをまるごと、俺色に染めたい』?」

「その前に顔がものすごい色に染まってるよ?」

耐えきれず手で顔を覆った啓一郎さんは、浮いてきた汗をさっきのティッシュで吸い取っている。

「俺の一番の恥をプレゼントしたんだから、これで許して」

「あははは! 許す許す。機嫌直った」

他人事だと窓枠のほこり程度にしか思えなかった台詞も、啓一郎さんに言われたらものすごくドキドキした。
笑って誤魔化してもまだ動悸が激しい。
このひとの隣りは、やさしい風も、すべてをさらう強風も、どちらも同時に吹きぬける。