残ったのは、店長と私、だけ。
話すならここしかないと思った。こんな絶好のタイミングは他にないと思った。タイミングは絶好だけれど、気分は最低。でも、ここしかない。もう日付けは変わり、二十六日になってしまったけれど。それでも今ここであれこれ話し、聞かなければ。こんな不愉快を持ったまま、ひとり家に帰って眠りたくはない。
「じゃあ俺らも帰るか」
そう促す店長のダウンジャケットの裾を咄嗟に掴む。が、まだ何から切り出すかまとまっていなかった。
振り返って首を傾げる店長を見上げるけれど、何から話せばいいのか分からない。
そうしていたら店長は優しく笑って「昨日も今日もお疲れ様」と切り出したのだった。
「いつも朝番に入ってる村山さんが遅番で入ってくれて本当に助かった。ありがとう」
「……いえ、大丈夫です」
「スタッフの希望休はできるだけ叶えてあげたいしね。村山さんも遠慮なく希望休取っていいんだからね」
「……でも」
「うん?」
「でもそしたら、店長のシフトが大変なことになりますよね……?」
何から話せばいいのか分からないままだったから、とりあえずダウンジャケットの裾を離し、店長が切り出した話題に乗って聞いてみた。
店長はやっぱり優しく笑う。
「まあ俺のシフトくらいで何とかなるなら、それでいいよ。希望休も有給も、スタッフの権利としてちゃんとあるものを、仕事が最優先だからって無視はできないし。予定をキャンセルして馬車馬のように働け! なんて言えないしね」
「じゃあ店長は……」
「うん」
「予定をキャンセルして働いていても良いんですか?」
「あはは、そもそも予定が入ってないからなあ」
「え? 誰かと会う予定、ないんですか?」
「予定はわりと何にも入ってないよ」
この発言を聞いて、ピンときた。
店長と崎田さんは、デートの予定が入っていない。約束もしていない。やっぱり形だけの恋人なのかもしれない。いや、むしろ付き合っていないのかも。
ようやく気持ちが晴れてきた。これは、いけるかもしれない。
「クリスマスなのに予定がないなんて、店長って案外寂しい人だったんですね」
どうにかフリーだという確証を得たい。くすくす笑いながら話を続けると、店長は腕を組んで「うーん」と悩ましく唸る。
「まあ、クリスマスに予定がなくても、寂しいか寂しくないかは人それぞれだからなあ」
「それはそうでしょうけど」
「俺は別に寂しくなかったよ。にぎやかな店内で楽しく働いてたし。武田くんから段ボールいっぱいのクリスマスプレゼントももらったし」
「武田さんの店の在庫ですよね」
「うん。本当はカレーかラーメン一年分が良かったんだけどね」
「それ、私がプレゼントしましょうか?」
「いや、いいよ。村山さんにプレゼントしてもらう理由がないし、置き場もないし、さすがに怒られる」
「えー、誰に怒られるんですか?」
「彼女。栄養偏るって」
「え……へ?」
「前に忙しくて朝昼晩ハンバーガーばっかり食べてたら、さすがに身体に悪いって怒られてねえ」
確証を得たかった。フリーだという確証を。
でも得たのは、店長に彼女がいるという事実だった。



