叶わぬ恋と分かれども(短編集)



 さっきの混み具合が嘘みたいに、崎田さんたちが帰ってからの店はとても静かで、何の問題もなく、閉店作業が終わった。

 苛々の絶頂は過ぎ去ったけれど、不愉快な気分と手足の冷えは治まらないまま、三人で店を出た。
 この気持ちを晴らすには、聞かなければ。店長に。崎田さんとのことを。本当にあんな人と付き合っているのかを。

 もしふたりが付き合っているとしても、そんなの関係ない。
 私なら店長のライフスタイルに完璧に合わせることができるし、良い理解者にもなれる。好きな相手に恋人がいることくらい些細なことだ。人の気持ちなんて分からない。自分をちゃんとアピールしていけば、好きになってもらえる可能性だって大いにある。

 避けたいのは、好きな気持ちを伝えないまま終わってしまうこと。
 好きな相手に恋人がいたとしても、好きだと伝えることくらい、許されるはずだ。だって好きになってしまったんだもの。恋人がいようが、たとえ奥さんがいようが、伝えなければ何も始まらない。何も終わらない。

 不完全燃焼で、好きな気持ちを抱えたまま何年も過ごすのは嫌だ。そんな情けない結末は、絶対に嫌だ。


 どうにか話しかけるタイミングを計っていると、お客さん出入り口のすぐ横にある自販機の前で店長が「ああ、ちょっと待ってふたりとも」と立ち止まる。

「クリスマスの勤務お疲れ様。好きなものおごるよ」

 言いながら店長はジーンズの後ろポケットから小銭入れを取り出し、優しく笑いかける。
 和奏ちゃんは嬉しそうに一歩踏み出し、早速「オロCで!」とリクエストしている。

「ホットじゃなくていいんだ?」

「仕事の後はオロCに限りますよ。ごちそうさまです」

 ガコン、と音をたてて落ちてきた茶色い瓶を受け取り、和奏ちゃんが会釈する。次に店長は「村山さんは?」と私に向き直る。

「……ココアでお願いします」

「ホット?」

「当たり前じゃないですか……」

「だよねえ」

 あははと笑う店長からホットココアの缶を受け取り、それを両手で包み込み、冷えたままの手を温めようとする。自販機の中で温まっていた缶は、いつもなら素手で触れないくらい熱いのに。なぜだか今日はぬるい気がして、熱を確かめるようぎゅうっと缶を握った。

「クリスマスプレゼント、にしては安上がりで申し訳ないけど」

 クリスマスプレゼント。これが店長からもらった、初めてのクリスマスプレゼントか。本当に、プレゼントにしては安上がりすぎる。きっと恋人には……崎田さんにはもっと良いプレゼントを用意しているのだろう。これじゃあ、どうでもいい相手だと、ただのスタッフだと思われているのが丸分かりだ。

 不満いっぱいの私とは逆に、和奏ちゃんは当たり前のように冷えたオロナミンCを飲んで「店長の奢りだと思うといつもよりうまい!」と、白い息を吐いた。

「じゃあ店長、村山さん、お先に失礼します」

 この後、こんな夜中から人と会う予定がある和奏ちゃんは「よし!」と気合いを入れ直して、颯爽と愛車で帰って行った。