恐ろしいくらいの憎悪が、焦げそうなくらい熱い胸に溢れ、でも手も足も冷えて動けないままでいた、ら。
いつの間にか崎田さんが、私がいる二レジにやって来ていた。DVDを五本カウンターに置いて「お願いします」と柔らかい声を出す。
私はどうにかこうにか冷えた手と足を動かし、そのDVDの品番を確認しながら、後ろの棚にディスクを探しに行く。
どうして、よりにもよって私のレジに来るんだ。和奏ちゃんがいる一レジだって空いているのに。まるで私が店長と崎田さんのことで憎悪を抱いていると察しているみたいに……。
だとしたら崎田さんの性格は最悪だ。わざわざ私がいるレジを選んで来たのだから。そんな人と店長は、本当に付き合っているのだろうか。あの優しくて素敵な店長と、この人が……。
ディスクを持ってレジに戻り、傷の確認をし、崎田さんにも見せる。「はい、大丈夫です」の言葉を聞いて、レジを打ち始める、と。
「さっきは勝手に包装始めちゃってごめんなさい。混み合ってたから包装くらいはって思ったんですけど。もう二度としませんから」
考えてみれば、こんなの有り得ないことだ。元スタッフとはいえ、今は働いていない店のレジカウンターに勝手に入って、包装を始めるなんて。そんな身勝手なことはない。自分は包装が上手いとひけらかしているのか?
「……今回は仕方ないと思いますが、他の店では絶対にやらない方がいいですよ。しかもお客さんに買い取りのことまで話して。働いていた頃の知識と今の状況が必ずしも同じってわけでもないと思いますし……」
言うと崎田さんは「本当にそうですね。ごめんなさい」と、困ったように眉を下げた。
どうしようもなく苛ついた気持ちを抑えることができなくて、DVDを乱暴に袋に入れ、会計を終わらせた。
崎田さんは「ありがとうございました」と軽く会釈し、一レジにいる和奏ちゃんにも会釈をして、出入り口へ向かう。
何が「ありがとう」だ。嫌味にしか聞こえない。私が注意した直後にお礼を言うなんて。分かっているなら最初から包装なんてしないでほしい。時間はかかるかもしれないけれど、包装なら私にもできた。和奏ちゃんだって買い取りを済ませてヘルプに入ることもできただろうし、店長だってあの後すぐに戻って来たのだから。それにレジを打ってくれと頼またとき、店長が戻って来なかったらどうするつもりだったんだ。お客さんに「店員ではない」と白状したら、怒られたかもしれないのに。スタッフ以外の人がレジカウンターにいるなんて、店の評判に関わるかもしれないのに……。
崎田さんの背中を睨みつけていると、片付けを終わらせたらしい武田さんが彼女に駆け寄り、のんびりした口調で「またDVD買ったの?」と問いかける。
「佐原さんが嘆いてたよ、邑子の部屋のDVDや本が生活スペースを侵食し始めてるー、って」
「ええ、本当ですか? DVDを大量に買い取ったから見においでって連絡くれたの、祐介さんですよ?」
聞いた瞬間、また心臓が大きく跳ねた。「ゆうこ」というのは恐らく崎田さんの名前だろう。そして「祐介」は店長の名前だ。武田さんの言い方から、店長が崎田さんを「ゆうこ」と呼んでいるのが分かった。そして崎田さんも店長を「祐介さん」と呼ぶ。
ふたりは名前で呼び合い、部屋を行き来する仲なのだと、分かってしまった。
「ついこの間少女漫画三十巻セットをもらいましたし。さっきも、武田くんがDVDも持って来てたけど確認する? って言われましたし」
「そうなの? さては佐原さん、崎田さんとの話をしたかっただけだな」
「うーん、でも生活スペースを侵食し始めてるってのは本当のことですし。武田さんとこ売りに行こうかな」
そんな会話をしながら、ふたりは店を出て行った。
一レジの和奏ちゃんが微笑ましい顔で「ありがとうございましたー」と声を出したけれど、私は一言も発することができないまま、閉まる自動ドアを睨みつけていた。



