叶わぬ恋と分かれども(短編集)



 その言葉を聞いた瞬間、ばくんと心臓が鳴った。
 頭のてっぺんからゆっくりと、身体が冷たくなっていくのを感じた。指先が氷のように冷え、足は動かない。かと思えば心臓は焦げてしまいそうなくらい熱い。

 そんな私の異変に気付かない和奏ちゃんは、受け取った買い取り明細を持って、一レジに戻って行った。

 私は二レジに立ち尽くしたまま、さっきの言葉を頭の中で何度も繰り返し、その意味を必死に考えた。

 和奏ちゃんは「店長と崎田さんは店内でいちゃつかないと思いますけどね」と言った。「実際さっきも会話してるだけだったし」とも言った。普通に、ごく当たり前に考えれば、店長と崎田さんが付き合っている、という結論が出る。

 でもまだそうと決まったわけじゃない。店長も崎田さんも、それぞれ恋人の職場に行ったとしても堂々といちゃつかないタイプだ、という意味にも取れる。和奏ちゃんは、ふたりが付き合っているとはっきり言ったわけではない。

 だってこの三ヶ月、店長に恋人がいる様子は全くなかったわけだし。希望休も取らない。えげつないシフトも自ら進んで組む。しかも恋人たち最大のイベントであるクリスマス前後に。退勤後に残って仕事をしたり、電話すると店に駆けつけてくれたりもする。指輪もそれっぽいアクセサリーも付けていない。
 もし崎田さんが店長の恋人なのだとしたら、それを全て許しているということだ。

 それは本当に付き合っていると言えるのだろうか。ちゃんと愛情はあるのだろうか。クリスマス前後にデートの予定も入れず、仕事の後にデートすることもなく、お揃いのアクセサリーも身に付けず、店にも滅多に顔を出さない。……。

 もしかしたら、形だけの恋人なのかもしれない。
 だって本当に好き合っていたら、デートもしたいはずだし、仕事が終わればすぐに会いたいはずだし、せっかくのデートを店からの呼び出しで潰されたくないはずだし、お揃いのアクセサリーだって身に付けたいはずだ。ましてやクリスマスなんてデートに最適な日に予定を入れないだなんて。

 崎田さんがこの店の元スタッフで、店長のライフスタイルを分かっていたとしても、それを許し、完璧に合わせることができるとは思えない。それができるのは、実際に同じ店で働いている人だけだと思う。私、だけだと思う。