立派な門を開けると広い庭があった。
所々木が植えられていて、風に揺られる葉っぱの音が気持ちよかった。
もう少し奥に進むと今度は大きな池が見えてきた。
鯉でもいるのかと思って覗き込んだが何もいなかった。

「すずね!早く中に入るんだ!」
長野先生が私を呼ぶ。
私が庭に見とれている間に二人は建物に入っていた。
「すみません!」
私は一言謝り、建物へと急いだ。

建物は庭とは違い、ずいぶん狭かった。
大きな家だと思ったが、ほとんどは庭の面積だ。
「時彦さん!」
長野先生は私の知らない名前を呼んだ。
すると一番奥の部屋から一人の男が顔を出した。
四十代くらいの髪の長い男だった。その髪は肩につくくらい長い。
その男は長野先生を見るなり、大急ぎで駆けつけてきた。

「おぉ!浩介くん!こんな時間にどうした?」
男は私の知らない名前を呼びながら笑顔でこちらに近づいてくる。どうやら二人は知り合いのようだ。

「ねぇ、長野先生。こうすけって誰?」
こうすけとは男がさっき近づいてきた時に呼んでいた名前だ。
長野先生は私の質問に驚いた顔をする。
「あれ?僕、自己紹介の時言わなかったっけ?」
先生は怪訝そうな顔でこちらを見つめる。
これはまずい。自己紹介を聞いていなかったのがばれる。
精神的に聞ける状態ではなかったのだがどうせ理解してくれない。
「あれ?言ってなかったような気が…。」
私は咄嗟に嘘をついた。
長野先生は二回ほど首を縦に振ると「そうだったか」と言った。騙してしまった罪悪感が心に生まれる。

「僕の名前は長野浩介。覚えておいてくれよ!」
長野先生は弾んだ声で自己紹介をした。
今度こそ覚えようと、私は頭の中で先生の名前を繰り返した。