春の柔らかい日差しの中、私たちはある場所を目指していた。そこは、私にとって特別な場所。
そして、『私の恩人』にとっても特別な場所。


しばらく歩いていると、辺り一面ピンクに染まった桜並木が見えてきた。やっぱり『私の恩人』の言った通りだった。

「うわぁ、キレイ…」
私の隣を歩いていた麻弥が満開の桜たちを見上げながら、声を漏らした。
麻弥以外のみんなも同じように桜たちを見る。
ここにいる誰もが感動の笑みを浮かべていた。
桜たちを見上げながら歩き続けると、大きな建物が見えてくる。
一番手前に門があり、その門の横には
『広浜町立広浜中学校』
と書かれていた。

門の近くの花壇や小さな空き地にみんなで腰を下ろした。
一見花見をしている人たちに見えるかも知れないが、私たちがここに来た目的は違う。

「ここが、来羽が最後に来たかったとこ?」
私の前に座った麻弥が私の目を見つめながら、尋ねた。
私は麻弥の目を見つめ返し、頷く。

「ここが『私の恩人』の特別な場所だよ」
頭の中にあの笑顔が浮かぶ。『私の恩人』は私に託したのだ。願いを、最後まで捨てなかった希望を。

麻弥は「そっか」と小さな声で呟く。
返す言葉を必死に探すように、辺りを見回す。
そんな彼女の胸元では、ペンダントが太陽の光を反射して輝いていた。
まだ幼い少年の写真が入った、彼女の宝物のペンダント。
私の視線に気づいた麻弥が優しく微笑んだ。

「この人、『私の恩人』の知り合いだったよね?」
麻弥は私の質問にゆっくりと大切そうに頷く。
「そうだよ。『来羽の恩人』の知り合いだよ」
麻弥は遠い目をして少しだけ笑った。
きっと頭の中で『この人』を思い出しているのだろう。

「ねぇ、『来羽の恩人』もおんなじ化け物だったんだよね?」
麻弥が唐突に尋ねてきた。
私は少し驚きながらも頷いた。
麻弥の目線は、ペンダントの少年に向いていた。

私は桜たちを見上げた。
満開の桜が私の上の空を隠している。
それはもう空の青色が見えなくなるくらい隙間も咲き誇っていた。
桜の屋根が私の頭上には広がっていた。


ちゃんとこの景色を目に焼き付けたかった。
もう二度と見ることは出来ないかも知れないから。

「ねぇ、来羽」
麻弥に呼ばれて、私は桜から目を離す。
麻弥は涙のたまった目で私を見ていた。
うっすらと頬が赤くなった麻弥の顔。
私はこの先のことを思い出してしまう。
思い出すと私の目にも涙が滲んできた。
でも、もう泣かない。覚悟を決めたから。

「来羽が、こんな必死に恩返ししたくなるほどの人。それってどんな人だったの?」
麻弥はペンダントを見たままだった。
同じ化け物だった彼と『私の恩人』を重ねるように。


「『私の恩人』はね、化け物を倒すために立ち上がった人なの。『青木すずね』って言うんだ」
私の言葉反応した麻弥は視線を私に合わせた。
彼女は小さく二回首を縦に振る。
私はそんな彼女に『青木すずね』のことを語り続けた。