歩き出したおれの背中に、音なき声が触れた。



【運命は大樹の形をしている。私たちが存在するこの世界は、運命の一枝に過ぎない。

別の一枝では、同じでありながらまったく別の、私たちそっくりの私たちが生きている。

そちらの世界ならば、きみの働きも、割に合うお仕事になり得るのだがね】



おれは、今度は振り返らずに笑った。



「どっかで読んだよ、そういう話。昔の学者が大まじめに論述した古文書とか。もしも人間が胞珠を持たなかったら、みたいなフィクションとか。

でも、想像したってしょうがなくない? この一枝では、平穏無事な世の中なんて、どーせ手に入んないんだし」


【気休めにもならないかね?】


「どうだろ? おれ、考え事するの苦手だから、ちょっとよくわかんねーや」



会話を続けたくなかった。


おれはひらひらと手を振って、総統がご神体みたいに生えた小部屋を後にした。