亮ちゃんの後について乗ったエレベーターは、18階で止まった。

落ち着いた赤色の、ペルシャ絨毯みたいな紋様のカーペットが敷かれた廊下を歩き、突き当りの客室の前で足を止めた亮ちゃんがチャイムを鳴らす。内側から開いたドアから姿を覗かせたのは、黒いスーツに黒のネクタイをした長身の若い男性だった。

「・・・お疲れ様です、亮さん」

茶色の髪はわざとワックスで毛先を遊ばせていて、整ったというより綺麗に近い顔立ち。わたしを見て首を傾げ、「想像してたよりカワイイね」と色っぽく目を細めた。それから。

「後ろのおニイサンは怖いから、睨まないで欲しいなぁ?」 

え?、と津田さんを振り返ると、ちょっと不機嫌そうだった。・・・どうしてかわたしまで睨まれた。 


招かれておずおずと部屋の中に入る。目の前にマンションのモデルルームみたいなリビングが広がっていて、目を見張る。スイートルームなんて生まれて初めて。解放感のある一面ガラス張り、5人くらいは掛けられそうなソファや、大きな壁掛けのテレビ。高級そうなダイニングテーブルが置かれ、その奥はベッドルームなんだろう。

「昨日ぶりね、亮君」

涼やかな女の人の声がして、はっとする。

「・・・時間を取らせてすみません」

「気にしないで。会いたかったのは、あたしもだし」

柔らかい口調で話す亮ちゃん。
後ろ姿しか見えてなくても、きっとその表情には淡い笑みが浮かんでる。・・・分かってしまう。その向こうにいる彼女の口ぶりからも、親密な関係なのは伝わってきていた。

覚悟はしていたのに。胸が張り裂けそうに苦しい。・・・息が止まりそうだった。
見たくない。逃げ出したい。ひどい。どうしてこんな。亮ちゃん・・・っっ。
躰中の細胞が悲鳴をあげてる。 

両手を胸の前できゅっと握り締め、思わず目を背けたわたしに。

「・・・あなたが明里さんね? 会えてうれしいわ」

亮ちゃんの向こうから明るく声が掛けられた。
もう逃げられない。諦めの境地で目を上げる。にっこりと微笑みかけてくれたその人は。

「初めまして。真下瑠衣子(ましも るいこ)と言います」


思いもかけない名前を口にして目の前に立っていた。