わたしが使っている駅で津田さんも電車を降り、家までの夜道を手を引かれて歩く。一人で歩けますと遠慮がちに断ったけど睨まれて終わった。真下社長とは種類の違う強引さがあるなぁと、ときどき困る。

 津田さんには関係のないことで泣いちゃったのに。目も鼻も赤くなっていたはずのわたしを一瞥しただけで関心無いように流された。・・・少しほっとした。訊かれて話せることでもなかったから。

 風は無いけど、深々と冷えた空気に肌を撫でられながら。街灯で薄明るい住宅街を抜けていく。
 亮ちゃんが車を停めた、いつもの公園の脇を過ぎた辺りで。ずっと無言だった津田さんが前置きなく、何でもないことみたいに言った。

「日下さんは婚約するぞ」

 思わずわたしの足が止まる。立ち止まり半身を振り返った彼は無表情で続けた。

「無駄だと教えてやったろ。これで諦めがついたか?」

 婚約ってその言葉の意味を脳が咀嚼しても。わたしにはまるで現実味が無かった。


 亮ちゃんが婚約する・・・・・・。誰と・・・? わたしの知らない誰かと。

 わたしじゃないだれかと結婚する・・・? 

 そんなこと。

「・・・・・・・・・う、そ」

 ぼんやりと。わたしは呟いた。
 



 白く濁っていく靄(もや)の中にゆるゆると手を伸ばす。 
 見えない背中をまだ探そうと。・・・・・・彷徨って。