千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

人から見つからないよう集落全体に結界が張られているため、人が侵入することはできない。

だが人と同様宿屋や食事処、遊郭や飲み屋もあり、様々な種族が入り乱れていて活気に溢れていた。


「良さそうな所だな」


返事がなく、振り返った良夜は景色を楽しむ余裕もないのか伏し目がちに肩で息をしている美月が心配になって、ひょいと抱き上げた。


「な、やめて下さい…!衆目がっ」


「そんなの気にするな。…気にかけてやれなくてすまなかった」


ぼそりと呟くと、美月は良夜を見つめた後また俯いて長い髪がその美しい顔を隠した。

これはすぐ休ませなければいけないと判断した良夜はまず宿屋に向かい、一番良い部屋を取り、小間使いに美月の着替えなどを買って来るように金を握らせると、女中に美月を風呂に入れるよう頼んで一旦別れた。


「俺はなんて思慮が浅いんだ…」


美月は何も悪くないのに。

勝手にまだ見ぬ男に嫉妬をして、ただ惹かれ合っているというだけでもう我が物顔をしている自分を滑稽に感じて恥ずかしくなった。

豪華な部屋に着くなりごろんと寝転んで、これからどう美月と接すればいいのか分からなくなって、一切の余裕を失っていた。


「これが…恋…なのか」


どこかに待ってくれている女が居ると昔から思っていた。

その女を捜すために方々町を巡り歩いてきたものの、琴線に触れる女には未だ出会えていない。

だが、美月と出会った時――かつてない心の震えを感じた。

それは直感であり、捜していた女は美月なのではないかと思った瞬間、もう美月しか有り得ないと感じた。

さらに美月と出会って頻繁に見るあの夢――黎と神羅の恋物語。

美月にそっくりの容姿と気性を備え持った神羅という女が夢の中で微笑みかけてくる度、さらに美月に恋を覚えた。


「お前なんだ…きっと…」


お前が俺の、運命の女だ。