千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

美しい容姿の妖は限られている。

人型は特に珍しく、良夜は反百鬼夜行の勢力からすでに目をつけられていて、時々百鬼夜行に同行すると徒党を組んで狙われることも少なくなかった。


「気配がすんだけど姿現さねえな。良夜様気を付けろよー」


「分かってる。気配からして雑魚だ。九頭竜のものじゃないな」


早朝に出て夕暮れ近くまで強行軍で山野を歩き続けていた良夜は、ようやく肩越しにちらりと振り返った。

…鬼族と言えど女は男より体力がないのは当然で、一度も休憩を挟まなかったため美月はかなり疲弊している表情をしていた。


本当は気遣ってやりたかった。

だがどうしても苛立ちが抑えられず話しかける機会を失い続けて、ようやく美月に声をかけた。


「…この辺に妖の集落がある。そこで一泊しよう」


「はい…」


「狼に乗れ。俺は歩いて行く」


手を差し伸べると美月はその手を取ったものの、力を込めることもできない状態で、それを知られたくないのか慌てて手を引っ込めた。


「いえ、結構です。私も歩いて行きます」


「無茶すんなよ。ほいっと」


「きゃあっ」


狼が長い尻尾で美月をくるんと包み込むと、そのまま背中に乗せて良夜をちらりと盗み見た。

良夜はそれに気付きながらも見て見ぬ振りをして、雨竜が身を潜めている籠をぽんと叩いた。


「雨竜、そろそろ妖の集落に着く」


「あ、俺は…外でいい。なんか身体がむずむずして…」


「俺がついてるから良夜様と美月は宿に泊まればいいんじゃね?」


こいつ、と言いかけた良夜は、俯いたまま顔を上げない美月の状態を慮って仕方なく頷くと、しばらく歩いた先にあった集落の入り口にかけられている結界の術を解いて狼を睨んだ。


「雨竜を頼んだぞ」


「良夜様も頼んだぞー」


何を、と言いかけたが、自力で狼から下りることも敵わない美月の脇を抱えて下ろすと、集落の中へ足を踏み入れた。