意外とぐっすり熟睡したふたりは、早朝起きてなんとなく互いに照れながら顔を洗い、居間の前の縁側に座った。

ちょうどその時父が戻って来たため、挨拶もできず出て行くことになるのではと危惧していた良夜はほっとしてはにかんだ父を隣に座らせた。


「会えて良かった。今から発とうと思う」


「うむ。ふたりの母にもちゃんと挨拶をしていきなさい」


「ん。親父、俺に何か隠してることがあるだろう?戻って来たら話してもらえるか?」


父は苦虫を噛み潰したような表情になったが――美月は何故かとろんとした目で父を見ていてまたむかっ。


「話すには話すとしよう。…明、お前が無事に戻って来た暁には…お前に代を譲ろうと思う。すぐにだ」


「え…」


良夜が間の抜けた声を上げると、父は煙管を噛んで目を閉じた。


「俺が隠し事をしていることと代替わりは話が繋がっている。いいか明。お前は何が何でも無事で戻って来ねばならんぞ。それが…悲願でもあるのだから」


「悲願?誰の…」


「もう寝る。ふたりの母にちゃんと挨拶を…」


「二度目だぞ、分かってる」


通りすがり様美月の肩をぽんと叩いて行ってしまうと、良夜は頬をかきながらぼそり。


「またはぐらかされた…」


「いいではありませんか、無事で帰って来ればいいだけのこと」


「まあ…そうだな」


「あーっ、良夜良夜良夜!美月ーっ」


茂みからにょろにょろ這い出てきた雨竜を運搬するため大きめの葛籠の箱を準備していた良夜は、雨竜の前でしゃがんで蓋を外した。


「高志上空に着いたら一応目につかないようにこれに入ってくれ。いいか雨竜。必ず俺が守ってやるから…」


「俺が良夜と美月を守るんだから平気!」


ぺろっと舌を出して葛籠の中に入った雨竜を狼の背中に乗せて寂しがるふたりの母に挨拶をすると、一旦美月の家に行って身支度を整えさせた。


この旅がふたりの記憶を呼び覚ますものになるのは、この時は知る由もなかった。