「良夜様から女の匂いがする」


「…狼(ろう)、鼻を鳴らすな。匂いを嗅ぐな。あっちに行ってろ」


「ひでえ。また遊んで来たんだな?だから俺を連れてかなかったんだな?」


「当たりだ。…でも違った。一体どこに…」


――‟一体どこに”が口癖の良夜が縁側で倒れ込んでいた所に無造作に近寄っていったのは、代々鬼頭家に仕えている狗神一族の長子である狼(ろう)だった。

幼い頃から共に育ったため気心が知れていて、なんでも話せる親友だ。

いずれ当主になった時は側近として傍に居てくれると約束してくれている狼はとても野性的で、黒白の斑の髪に鋭く吊った目、黒白の斑の耳と尻尾がふかふかで、いつも良夜の遊び道具となっていた。


「そういえば主さまがさっきぼやいてたんだけど、町の山の山頂にある神社に着任するはずの妖が挨拶に来ないって言ってた」


「ああ、あそこは番をしていた奴が死んだんだったな。神社といっても別に神通力がある妖でもあるまいし、相談役程度のものだろう?挨拶に来ない位で親父はぼやいてるのか?」


「再三挨拶に来いって伝えてるらしいんだけど来ないんだってー。一度締めに行くか?」


「そうだな、気が向いたら」


山頂には人が通う神社と妖が通う神社が並んで建っている。

双方共にちゃんとした神主や巫女ではなく、人々の相談役程度ものだが、それでも救いを求めて通う者は多い。

特に妖側の相談役は、ありとあらゆる種族の理に精通していなければならず、おいそれと素人がその役に就けるものではない。


「あとあそこの泉になんか住み着いてるらしいんだけど、主さまは害がないから別にいいって言ってた」


「ふうん?でも百鬼じゃないんだろう?よそ者なら一度見に行かないと」


「おし。じゃあ近々行くか」


それが幾星霜の歳月を経て出会うことになる者など知る由もなく、良夜は狼のふかふかの尻尾に触りまくりながら戯れていた。