千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

その夜、夢を見た。


――…神羅…

――…黎…


名を呼び合うその声には格別な愛しみが込められていて、聞いているだけで涙が溢れそうになる。

愛し合っているのに、離れなければならない――

何故かそう思ってしまって、何故だろうと考えているうちに、その声は遠ざかっていって聞こえなくなった。


「またあの夢…」


実は頻繁にこの夢を見る。

時期的には良夜と出会ってからだが…最初の出会いからして自分が口走った名でもあり、心に引っかかる。


「調べてみた方がいいかしら…」


――美月の朝は早い。

お勤めとして境内を掃き、祭壇に祈りを捧げて瞑想する――

まだやって来てはいないが、何かしらの悩みを持った百鬼たちの話を聞いたり助言をしたり、それが本来の役目だ。


「ああそうだわ、雨竜にお魚をあげないと」


傷の治りが悪いのはきっとまともに食事をしていないせいだと考えた美月が食糧庫で魚を見繕って泉へ行くと――泉の前に何者かが座っていた。


…こちらはまだ白い浴衣姿であり、顔を洗ってはいるが化粧はしていない。

思わず身構えて後退ったが、相手が振り返ると――ますます美月は恐れ戦いてさらに後退った。


「良夜…様…!」


「ん、泉に生きた魚を放流しに来たんだが…なんだ?印象が違うな」


すくっと立ち上がった良夜が顔を覗き込むような仕草をして近付いて来ると、すっぴんを見られたくない美月が背を向けて逃げようとした。


「待て、逃げるな…」


その声。

その悲痛に濡れた声。


ずきんと胸が痛んで肩越しに振り返ると――良夜は何故かとても悲しそうな顔をして突っ立っていた。


「逃げないでくれ…」


「あ、あの…顔を見られたくないだけですが…」


「ああ、そうなのか?…なんだろう、なんだかすごく…」


濃紺の着物の胸元をぎゅうっと握り締めて俯いた良夜に身体の奥底からじわじわ何かが競り上がって来た。

それが何だか分からなかったけれど――

放っておけないと感じて両手で顔を隠しながら歩み寄った。