千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

さっき屋敷を出たのにまた戻って来ることになった良夜は、右腕にきつく巻き付いた雨竜を丁寧に外して縁側に置いた。


「そこで日向ぼっこでもしておけ」


家には百鬼から譲り受けた不思議な力を秘めた塗り薬や、揉んで傷口に塗るだけで治る薬草が多く保管されていた。

それらが入った薬箱を雨竜の元へ持って行った良夜は、心配する美月を脇に退けさせて薬草を丁寧に手で揉み解した。


「痛いのは尾だけか?」


「他はそんなに痛くないから尾だけは治してほしい」


「ん、分かった」


――雨竜は良夜を金色の瞳孔の狭い目でじっと見つめた。

敵意は全くなく、美月だけが心の拠り所だったが…この男には何かしら不思議な力を感じる。

言葉を交わせば交わすほどもっと会話をしたくなって、それが恥ずかしくて言葉少なを装っていた。


「これはな、うちに古くからある薬だ。きっとお前の尾もすぐ治る」


揉み解した薬草を傷んだ尾に塗り付けた良夜は、その上から包帯を巻いて雨竜のつるつるの頭を撫でた。


「終わったぞ。まだ痛いか?」


「……痛く…ないかも…」


「そうか、じゃあ効いてるんだな。で、代わりにお前が何故幽玄町へ来たのか理由を話してもらおうか。それ位はいいだろう?」


中性的な美貌ににこっと笑顔を浮かべると、雨竜はしばらく黙った後、ようようと口を開けてなるべく言葉少なに素性を明かした。


「俺は……九頭竜の子だ」


「九頭竜?でもお前には頭がひとつしかないぞ」


「だから!できそこないだって言われて俺は迫害されたんだ。父ちゃんに追われて…兄弟に追われて…傷だらけのところを美月に…っ」


話している間に思い出したのか、涙をぽろぽろ零した雨竜を膝に乗せた良夜は、美しい緑色の鱗が生えた身体を撫でてやりながら笑った。


「そうか、それは話しづらいことを訊いてしまった。悪さをしないのであればあの泉に居てもいいぞ。俺が時々魚を届けてやろう」


「!居ていいのか?」


「その代わり親父には一度頭を下げろ。今の当主は親父だからな」


目を輝かせた雨竜は、にょろにょろと這って美月の膝の上でとぐろを巻いた。


「良夜様…礼を言います」


「この幽玄町に住むからには皆が俺たち鬼頭の者の管轄にあって守るべき者だからな。当然のことだ」


当然のことのように言ったが、それは並大抵のことではなく――

美月は頭を深く下げて、良夜を敬った。