幽玄町の上空を飛んでいた良夜は、何故か懐かしいと思ってしまう町並みを眺めていた。

幽玄町と平安町――幽玄橋を隔ててきっちり住み分けが行われている都で、幽玄町は妖が支配している。

だが支配されている側の人は不平を口にすることはない。

何故ならば彼らは妖に守られ、仕事を与えられ、犯罪を犯さない限りは食われることがないのだから。


「明(めい)、またお前はほっつき歩いていたのか」


「まだ当主にはなってないんだから遊ぶ位は許してくれ、親父」


縁側一面に散らばった文の真ん中に居た父から声をかけられた良夜の真名は、明だ。

本当は良夜という真名にすると決めていたらしいのだが、生まれ落ちた瞬間、明という名が頭に浮かんだらしい。


「お前があちこちで浮名を流しているのは耳に入っているんだ。そろそろ腰を落ち着けて嫁でも取ったらどうだ?こっちで用意するが」


「それはしなくていいと何度も言っているだろうが。自分の嫁くらい自分で見つける」


縁側に腰かけた良夜に肩を竦めて見せた父は、文に目を落としてふっと笑った。


「お前はなんでも自分で決めてしまうし、なんでも知っている節がある。嫁といつ出会うかも知っているのか?」


良夜は夏の乾いた風にさらさらの黒髪を撫でられると、首を振った。


「それだけが分からない。他は…なんでも知っているのに」


「お前の知らないことも沢山あるぞ。当主になったら蔵の鍵をやる。そこでお前は様々なことを知るだろうよ」


「…多分知っている」


ぼそりと呟いた良夜は、縁側でばたんと仰向けに倒れ込んで文を散らかして怒られた。


「こら、邪魔をするな」


「親父…俺はどうして知らないことを知っているんだろう」


「そうだな…お前は何かしらの宿命を背負って産まれてきたのかもしれないな」


――それも知っている。

知らないことを、知りたい。

知らないことを――