千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

人が好きだった。

何故好きなのかと言われると、その短い生の中で好いた者と出会い、やりたいことを厳選して命を燃やすような生き様に憧憬のようなものを感じていた。

妖だから長い生があり、やりたいことなど全てやることができた。

長い生だから、好いた者となかなか出会えなくても気長に待つことができる。

そうやってだらだら生きていることに澪は疑問を感じていた。


「ねえ黎明さん、お義父様たちにお会いするのってあれ以来じゃない?神羅ちゃんのお話するの…つらくない?」


牙の背中に乗って実家に向かう最中、澪が遠慮しながら問うてきた。

黎はもうすでに一旦蔵の中で気が狂いそうなほど苦しんだため、首を振って澪の腰を抱いている手に少し力を込めた。


「大丈夫だ、お前が気に病むことじゃない。それより質問攻めにされるぞ。息子ももみくちゃにされるぞ。何せうちは溺愛体質の者が多いからな」


「黎明さんも溺愛体質だからそんなの知ってますー」


茶化してきた澪の溌剌さにずっと冷えていた心が解けてゆくような感覚を覚えた。

大切にしてやっていたつもりだったが、澪に恩を返すには努力が足りない。

妖の女の中では間違いなく一番好いているし、それは燃え上がるようなものではなくとも絶対に傍に居て欲しいと思う存在だ。


「澪、俺に何かしてほしいことはないか?」


「えっ?うーん、そうだね…黎明さんの傍に置いてくれるだけでいいよ!」


「それじゃいつもと変わらない。もっと具体的に言え」


「突然そんなこと言われても分かんないよ!」


背中ですったもんだしているふたりに牙が笑い、牙の隣を並走していた玉藻の前もまたくすくす笑った。


「思いついたこと全てを叶えてもらいなさい。あなたにはその価値があるのですから」


黎の生きる希望だから。