黎の息子は、父がはじめた百鬼夜行の意味を知ってからなおいっそう強くなった。
たかが女との色恋でこんな大それたことを――と言われるかもしれないと思っていた黎は、心底から息子に感謝して、旅立つ前日ふたりで月見酒をした。
「お前が産まれた日もこんな美しい月夜だった」
「そういえばうちの家系は月が出ている時に産まれるんでしたっけね。数々の因果もありますけど…俺はいいと思いますよ、そういうの」
「お前が妻を娶ったとしても子はひとりのみ。これは鬼八の呪いだと言われている。そして今度は俺がお前と…これからの子孫たちに呪いをかけてしまったんだ。本当にすまないと思っている」
――父は昔から冷淡ながらも憂いに満ちた表情をしていた。
とても美しい男だったがために父に近付く女も多く、母がやきもきしていたことも幼いながらに知っていた。
だがそんな父は他の女に目もくれず、母と…そしてもうひとりの母を密かに想っていた。
「転生したら…と言ってましたね。こんなことを言うのは心苦しいですが、俺の母様のことを死ぬまで愛してやって下さい。転生した後なら好き勝手して構いませんけど」
ふっと笑った黎は、息子の盃に酒を注いでやりながら伝説を語った。
「魂の座――俺たち妖には長い生があるが、天命を待たずして命を還し、次の生に思いを繋ぐことができると言われている。但し全ての者に魂の座まで辿り着けるわけではない。だが俺は…試してみようと思うんだ」
顔を上げた息子は笑うと澪に似ているが、やはり黎に似て月のように冷えた表情を一瞬見せて黎を緊張させた。
「それは…母様を置いて死ぬということですか?」
「いや違う。澪より必ず長く生きてみせる。澪には…悲しい思いをさせたくない」
「そうなると父様はまた妻を看取るんですよね?…耐えられますか?」
黎は喉が灼けるほどの強い酒を一気に呷って飲むと、指先で唇を拭って頷いた。
「大丈夫だ、俺もそう間を置かず命を還す。…できると思うんだ。生を諦めるということが」
自決とは違う。
自ら天に命を還し、来世へと繋ぐ――
それはなんと素敵なことなんだろうと思った息子もまたふっと笑って黎の盃に酒を注いだ。
「俺は好いた女と夫婦になって子を作り、百鬼夜行を受け継いで長生きしますよ。父様が書いた者が鯛を後世に繋いでいきます。だから安心して下さい」
言うまでもなく――と小さく呟いた黎は、雲ひとつない月を見上げて笑った。
たかが女との色恋でこんな大それたことを――と言われるかもしれないと思っていた黎は、心底から息子に感謝して、旅立つ前日ふたりで月見酒をした。
「お前が産まれた日もこんな美しい月夜だった」
「そういえばうちの家系は月が出ている時に産まれるんでしたっけね。数々の因果もありますけど…俺はいいと思いますよ、そういうの」
「お前が妻を娶ったとしても子はひとりのみ。これは鬼八の呪いだと言われている。そして今度は俺がお前と…これからの子孫たちに呪いをかけてしまったんだ。本当にすまないと思っている」
――父は昔から冷淡ながらも憂いに満ちた表情をしていた。
とても美しい男だったがために父に近付く女も多く、母がやきもきしていたことも幼いながらに知っていた。
だがそんな父は他の女に目もくれず、母と…そしてもうひとりの母を密かに想っていた。
「転生したら…と言ってましたね。こんなことを言うのは心苦しいですが、俺の母様のことを死ぬまで愛してやって下さい。転生した後なら好き勝手して構いませんけど」
ふっと笑った黎は、息子の盃に酒を注いでやりながら伝説を語った。
「魂の座――俺たち妖には長い生があるが、天命を待たずして命を還し、次の生に思いを繋ぐことができると言われている。但し全ての者に魂の座まで辿り着けるわけではない。だが俺は…試してみようと思うんだ」
顔を上げた息子は笑うと澪に似ているが、やはり黎に似て月のように冷えた表情を一瞬見せて黎を緊張させた。
「それは…母様を置いて死ぬということですか?」
「いや違う。澪より必ず長く生きてみせる。澪には…悲しい思いをさせたくない」
「そうなると父様はまた妻を看取るんですよね?…耐えられますか?」
黎は喉が灼けるほどの強い酒を一気に呷って飲むと、指先で唇を拭って頷いた。
「大丈夫だ、俺もそう間を置かず命を還す。…できると思うんだ。生を諦めるということが」
自決とは違う。
自ら天に命を還し、来世へと繋ぐ――
それはなんと素敵なことなんだろうと思った息子もまたふっと笑って黎の盃に酒を注いだ。
「俺は好いた女と夫婦になって子を作り、百鬼夜行を受け継いで長生きしますよ。父様が書いた者が鯛を後世に繋いでいきます。だから安心して下さい」
言うまでもなく――と小さく呟いた黎は、雲ひとつない月を見上げて笑った。

