千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

小さめのおにぎりと漬物、そして熱い茶を黎の元に運んできた澪は、息子や牙たちの姿がないことにお盆を持ったままきょろりと辺りを見た。


「あれ?みんなは?」


「まあいいじゃないか、座れ」


言われた通り黎の隣にすとんと座った澪は、早速おにぎりに手を伸ばしてきた黎に目を細めた。

…神羅が死んでからもなお、人のように食事をする習慣ができてしまって、息子もそれを受け入れていた。

澪は元からして人が好きだし、研鑽を重ねて煮物などもできるようになった。

少し痩せた…いや、やつれたのだろうか――黎の身体がいつもより細すぎる気がして今日から栄養のあるものを沢山作ろうと密かに奮起していると、急に黎に手を握られてどきっとした。


「れ、黎明さん?」


「南に行きたいと言ったな。うちの実家にも顔を出すか」


「えっ、いいの!?」


「ああ、もう随分顔を出していなかった。息子にも話をして百鬼夜行がてら実家に寄るよう言っておこう。その間玉藻の息子たちに家の留守を任せればいい」


――黎の表情が出会った時のように晴れていて、嬉しくなった澪は腕に抱き着いて黎を見上げた。


「行きたい!あと海で泳ぎたい!」


「お…泳ぐ…?」


「そうだよ、海で泳ぐと気持ちいいんだって幽玄町の人たちが言ってたの。ね、黎さん一緒に入ろっ」


澪は相変わらず落ち着きがなくてそこが可愛らしい。

物語を書き終えたことで鬱々としていたものが無くなった黎は、澪の肩を抱いてその口におにぎりを寄せた。


「お前も食え。体力つけておかないと長旅になるからな」


「うん!」


澪は常に献身的だった。

今まで全てを捧げてきてくれた分、次は俺が全てを捧げよう。

お前の笑顔を見たいから。