千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

黎は丸一日眠っていた。

その間静かにしつつも澪たちは傍で寝顔を見つつ、目が覚めるのを待っていた。

百鬼夜行から帰って来た息子も心配していたが、陽が上ると黎の目が開き、顔を覗き込んでいる面々を見てぼんやりしていた。


「俺…は…」


「黎さんすっごく寝てたよ。どこも悪いとこない?お腹は?」


ほぼひと月もの間ほとんど飲まず食わずの状態だった黎は、なんとなく腹が空いた気がして頷いた。


「私!何か作って来る!黎さんは寝てて!」


澪が脱兎の如く居なくなると、黎はむくりと起き上がって頬をかいた。


「黎様ー、書きたいこと書けたか?」


「ああ…そうだな、全て書けたと思う。それと――」


澪の気配がなくなったのを確認した黎は、息子や牙たちを傍に呼び寄せて声を潜めた。


「俺は今まで澪を蔑ろにしていたと思う。だから、これからは澪を大事にしたい。あれの我が儘を聞いて、叶えて、幸せにしてやりたい」


――神羅とは転生して再び出会うと誓った。

だが澪に何かしてやれただろうかと蔵の中でふと思い至った時――何ひとつしてやれていないことに気付いて数日間は愕然としていた。

澪は、ずっと黙っていたのだ。

一番になりたい――自分だけを見てほしいと言いたいのを我慢して、無理にでも笑顔を湛えて傍に居てくれたのだ。


「父様…それは母様も喜びます」


「俺は神羅が死ぬ直前、転生を誓い合った姿を澪に見せてしまった。…嫌だったはずなんだ。じゃあ自分はどうしたらいいのかと思ったはずなんだ。俺は澪を傷つけていた。だからこれからの時間全てを澪に傾ける。…逆に言えばそれ位しかできないんだ」


目を伏せた黎の言葉に彼らは賛同を示して、今まで不遇だったとも言える澪が笑って過ごせる日々を守るために――


「黎様、私たちにもお手伝いさせて下さいな」


ふっと笑った黎に息子は頭を下げた。


「百鬼夜行は俺にお任せ下さい。父様は母様を幸せにしてやって下さい。でも時々帰って来て下さいね、寂しいから」


少し照れたように呟いた息子の頭を撫でた。

これからは澪のために生きる――

それが黎の生き甲斐となった。