千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

牙は蔵の前でずっと待ち続けていた。

澪が作った料理や茶を蔵の前まで毎日運び、そのほとんどを手をつけないまま母屋に持って帰るのが忍びなく、代わりに牙が完食して黎が食べたかのように見せかける毎日だった。


「!黎様…」


扉が開く音がして伏せをしていた牙が顔を上げると――黎の冷淡な美貌は憔悴しきっていて、目が合うなりほっとしたのか少し笑って…その後身体が傾いで崩れ落ちた。

すんでのところで人型に変化して黎を支えた牙は、黎を抱えて母屋に向かい、縁側で毎日黎の帰りを待っていた澪を驚かせた。


「黎明さん!?」


「だいじょーぶ、どこも悪くないと思う。安心したのかな」


きっと書き終えたのだろう。

蔵の上部にある小さな窓からは時折黎の呻き声のようなものが聞こえていた。

今までの出来事を思い出して胸を掻きむしりながらも、完遂したのだ。

きっとほとんど眠れなかっただろうし、こうなるのも仕方はない。


「お、お布団敷いて来るから!」


実は蔵の屋根の上にずっと待機していた玉藻の前が目の下にくまができている黎の隣に座ってさらさらの黒髪を撫でた。


「黎様…無理をなさらないで下さい…」


「玉藻…俺たちは死ぬまで黎様を支えようぜ。俺、死んでも黎様を支える。んで、俺の子孫もずっと黎様の子孫と共に生きていくんだ。お前もそうだろ?」


鼻をぐずぐず鳴らしていた玉藻の前はきっと顔を上げて牙を睨み上げた。


「当然ですわよ!この九尾の白狐である高貴なる私の一族は未来永劫黎様一族にお仕えするのですからね!負けませんわよ!」


せっかく黎が寝ているのに大声を出すなんて…という顔で黒縫がふたりを見ると、途端に静まって皆で黎の寝顔を眺めた。

皆が、黎の平穏を願っていた。