夕暮れを迎えて一旦自室に下がった黎は、手にしていた天叢雲に唐突に声をかけられた。


『おい』


「なんだ」


『貴様…俺を手放すつもりだな?』


「手放すんじゃない。俺の息子に譲るだけだ」


『それを手放すと言うのだ。…我を長き眠りより覚まして好き勝手した挙句手放すとは…承服し難い。腹に据えかねる』


本当に腹が立っているのかぺらぺら文句を言い立てる天叢雲を放り投げてごろんと横になった黎は、とてもとても小さな声で、呟いた。


「俺が転生して再び神羅と出会うまで待て」


『…ほう、どうやって転生すると言うのだ?転生できるという確証は?どの位待てば貴様は転生するのだ?』


――黎は、まくし立てる天叢雲を寝転んだまま引き寄せて、鞘を長い指でつっとなぞった。


「…魂の座がある」


「ほう…聞いたことがあるぞ。天命を待たずして死を受け入れた者の前に現れると言う扉だな。魂の座に導かれた者はひとつ願いが叶うという。お前はそれで転生を望むというわけだな?』


魂の座――

死を受け入れた全ての者の前にに現れるわけではない。

本当に心から強く願い、死を受け入れ、死の恐怖に打ち勝った者だけが導かれる、極楽浄土と呼ばれている場所――

そこは人も妖も、違う生き物も全て関係なく平等に扱われて、祝福されるという。


「そうだ。俺は転生を願い、再び神羅と出会う。お前にはそれまで俺を待っていてほしい」


『ふはは、非常に業腹な話だな。それは何百年、何千年かかるというのだ?貴様のことなど記憶の彼方に無くなるわ』


「嘘をつけ。お前は俺に生涯手に取っていてほしいんだろうが」


ぐっと黙り込んだ天叢雲を手に起き上がった黎は、すらりと刀身を抜いて白刃煌めく美しい刃に目を落とした。


「待っていてくれ。俺は必ず本懐を遂げて再びお前をこの手にする」


『…契約を交わしたぞ。我は再び転生するという貴様を待っていよう。必ず我の近くにて転生せよ。もし違えたら…」


「心配するな。必ずまたお前と共に戦う」


それっきり天叢雲は沈黙した。

黎は一度深呼吸をして外に出ると、百鬼夜行に向かった。