「それなるは雨竜では…?」


「俺が父上を殺した。…あ、ちょっと待って!俺が首を切ったけど、良夜は腹から出てきたよね?俺が殺したの?良夜が殺したの?」


「俺たちってことでいいんじゃないか?」


…なんとも緊張感のない空気が漂っていたが、九頭竜――緑風(りょくふう)の身体の輪郭がぼやけると、まだ青年と思しきそれなりに美しい男の姿へと変化した。


「…ちなみにそちらの方は雨竜とどういったご関係で…」


――本当は、知っていた。

その腰に提げられている刀は天叢雲であり、その姿は途方もない儚さと優美さを備えた美貌の持ち主――間違いなく、鬼頭の者だろう。

そんな男――つまり良夜が雨竜を庇い、雨竜が良夜を庇う…

その関係性は最早一目瞭然だった。


「百鬼夜行の…」


「そうだ。俺は次期当主となり、その暁に雨竜を百鬼とする。その話し合いに来たはずなんだがあの頑固親父は俺と雨竜両方を殺そうとしたから、殺した。悪いとは思っているが、後悔はしていない。どうする?一族総出で向かって来るか?」


「俺が良夜を守るんだ。手出しはさせない」


大きく開けた口の中でまた赤い光が集束を始めると、良夜はため息をついて両手でその口を無理矢理閉じさせた。


「すまないな喧嘩っ早くて。話し合いができるのであれば、それに越したことはないと思っているんだが」


緑風は目を瞬かせた後――良夜の前で膝を折って皆を驚かせた。

それどころか深々と頭を下げて地に額をつけた。


「私は乱青龍様の長子――緑風と申します。父が居らぬ今私が頭領となり、皆の怒りを鎮めた後、あなた様への忠誠を誓いましょう」


「いや…忠誠とかはいいんだ。俺は雨竜の身柄さえ自由にしてもらえれば」


「いいえ、我が弟は九頭竜らしくなく皆に迫害されこの地より遠ざけられました。ですが今や父を弑すほどの力を持つことが分かりました。成体になった後はますます強くなるでしょう。弟を救って下さったこと、感謝いたします。これより後は未来永劫あなた様のお家のため、有事があれば馳せ参じます」


…なんだか仰々しいことになってしまった。

だが九頭竜と縁ができたことは喜ばしく、良夜は緑風の肩を叩いて顔を上げさせると、にっこり。


「じゃあとりあえず酒を飲み交わそう」