千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

乱青龍とて体力は無尽蔵ではない。

小さな的――つまり良夜を捕らえるため九つある首を振り回し、しつこく狙って来る尾を振り回して攻撃を避けているうちに速さはどんどん鈍っていった。


「おのれ…小童めがあ!」


「お前たちは俺のことを小僧だの小童だの言うが、ちょっと馬鹿にしすぎじゃないか?」


そう言いつつも全く怒っていない良夜は、九つある首の間をうまい具合に飛び回って自らを追いかけさせると、とうとうその首を真ん中の首に絡めさせることに成功した。

ずしんと重たい音を立てて身体が横倒しになると、良夜は真ん中の頭の上に着地して木々を薙ぎ倒しながら暴れ回る乱青龍の目に天叢雲を突き刺した。


「ぎゃあああ!」


「何度も言うようだが俺は元から戦う意思はなかった。だからそろそろ諦めて雨竜を自由にしてやってくれ」


「雨竜…雨竜ぅっ!我が子とは認めぬ!あのような出来損ない…!」


良夜はすでに雨竜にかなり情を傾けていたため、我が子として認めないと叫んだ乱青龍に対してとてつもない怒りを覚えた。


「…殺してもいいか?」


『やれ。一族が逆襲に来るやもしれぬが、我が加勢してやる』


良夜が心を決めた時――乱青龍の失っていない方の左目がぎょろりと動いて美月を捉えた。

真ん中の頭だけは火を吐くことができるため、喉を膨らまして火を吐く体勢に入った乱青龍に気を取られた時――


急にぐらりと身体が傾いだと思った途端――真っ暗闇になり、奈落の底に落ちるような感覚に陥った。


「良夜様が食われた!良夜様、良夜様ぁーっ!」


美月と狼が叫んだ。

そして――

狼の背中に括られていた籠の蓋が少し開き、金色の目が良夜を嚥下している乱青龍をひたと見据えた。


「良、夜…」


守らなければならない。

だってあの男の傍が、自分の居場所なのだから。