千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

気配には気付いていた。

美月が引き返してきている――

美月を守りつつ戦わなければいけないのは九頭竜相手には厳しかったが、それでも嬉しかった。

そしてその存在が不利になるどころか、いい所を見せなければと奮起した良夜は、乱青龍の頭ひとつひとつの動きをよく見ながら首と首の間を跳躍していた。


「これでいいのか?」


『是。どうなるかはその目で刮目せよ』


速さには自信がある。

乱青龍の動きもかなり速かったが、やはり身体が大きい分自分よりは速くはない。

ただ…降り続ける雨のせいで足元がぬかるむのが少し気になる程度で、後は乱青龍の火を吐く時機とうねうね動き続ける首の動きに注意をしていれば良かった。


「良夜様!」


その時悲鳴のような声に振り向いた良夜は、濡れた髪をかき上げながら目を細めて美月の姿を捉えた。

同じように濡れていて――衣服が透け透けだったため戦いの最中なのに思わず頬が緩んでしまい、慌てて表情を引き締めて真面目な顔を作った。


「美月、そこから動くな。狼、頼んだぞ」


もうこの戦いは止められない。

乱青龍に話し合う意思はなく、むしろ雨竜共々自分の命も奪おうとしているのは明白であり、興奮で赤銅色に光っている目は自我を保っているかどうか怪しいところだった。


「もう話しかけても無駄か?」


『無駄だろうよ。小僧、恐らく今は貴様の命を奪うことで頭が一杯のはずだからな』


「ふうん、もし可能ならこいつも俺の百鬼にしたかったんだけど」


『もう一度言う。いい加減にせぬか』


天叢雲に怒られてしまった良夜は、またちらりと美月を見て祈るように両手を合わせて見つめてくる姿に気を引き締めた。

こんな所で命を失うわけにはいかない。

本懐を遂げるために、今まで出したことのない本気を見せる気になった。