千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

それは荘厳な滝だった。

崖の上からとてつもない水量が始終降り続けているため、水しぶきを浴びた良夜たちはそこにも何者の気配がないことに多少がっかりしていた。


「やはり移動したのか。まあ人が参拝に来ない神社に住み着いていても力は得られないからな」


「ですが気持ちいですね。泳ぎたい位」


「泳いでもいいぞ。さあ脱げ。今すぐ脱げ」


「お、泳ぎません!」


狼も気持ちよさそうに全身ぶるぶるしていたが、やはり雨竜は沈黙したまま。

心配した美月が籠をとんとんと叩いてみるものの雨竜の反応はなく、良夜と顔を見合わせた。


「開けて…みましょうか?」


「いや、中から閉じられているから開かないんだ。そっとしておこう」


ふたりで轟音と共に落下してくる滝を見ていると――妙な気配に気付いた良夜は、眼光鋭く美月を背に庇いながら振り返った。


「おや…どなたかな?」


「お前こそ…なんだ?どこに隠れていた?」


――その穏やかではあるが低い声を発した男は、緑色の長い髪をひとつに束ねた長身の男だった。

切れ長の目は金色で、濃緑の着物を着ていて腰に手を据えながらじっと見つめてきた。


「隠れていたのではないよ。私はこの辺に住む妖なのだが…その籠の中が気になって会いに来てみたのだ」


すうっと指した指の先には狼の背に乗せた籠があり、狼はじりじりと後退って良夜の背後に控えた。


「何故籠の中が気になるんだ?あれは貴重なものだからおいそれと見せるわけにはいかない」


「ふむ、そなたのものだと?あれは……私のものじゃないか?」


男から殺気が吹き出た。

瞳孔の狭い金色の目が良夜を睨みつけると、傍に居た美月がとてつもない殺気を受けて全身汗が噴き出て身体を折った。


「狼、美月を頼む。こいつは…雨竜の父か」


「如何にも。逃げ出した出来損ないを連れて来てくれてありがとう。おかげで私の手で殺すことができるよ」


天叢雲がかちかちと鞘鳴りを起こした。


『さあ抜け。我を抜くがいい』


手加減はしていられない。

良夜は一瞬目を閉じて瞬間的に集中すると――すらりとその刀身を抜いた。