千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

胸が痛い――

我が身を見下ろすと、左胸に穴が穿たれていて、大量の出血を伴っていた。

ものすごく痛くて熱くて身を捩りながら、心の中で名を叫んだ。


黎、助けて――


膝から崩れ落ちた時――空から名を叫ぶ声がした。

来てくれた――

そう思ったと同時に痛みよりも嬉しくて、抱きしめてくれたその腕の力強さにどれほどほっとしたことか。


危機が去った後じくじくと痛む左胸に空いた穴を見た時、助からないと思った。

今、伝えなければ――

悔いを残したまま死ねないと思った時――目が覚めた。


「っ!私…今…夢を…?」


息を切らしながら目覚めた美月は、左胸にとてつもない痛みを感じて身を捩った。

ずきずきと痛んで仕方がなくて、もしやと思って浴衣を脱いで左胸を見てみたが――生来生まれついた時からの痣はあったものの、出血はない。

だけれどとても不安になって部屋を出ると、番をしていた番頭に声をかけて良夜の居場所を訊いた。


「あの…私と一緒に宿に泊まった男はどこに…」


「ああ…そう言えば遊郭で飲むと言って…もし?!」


痛みに顔をしかめていた美月を察して番頭が声をかけたものの、美月は浴姿のまま宿屋を出て遊郭まで身を引きずるようにして歩いて行った。


傍に居てほしい――

その一心で、よろめきながら遊郭の暖簾を潜ると、遊郭を守る屈強な護衛に止められた。


「ここからは女人禁制ですのでどうか」


「良夜を…良夜が来ているはずです。中性的で顔が整った方を…どうかここに…」


「お客様、困ります」


――すったもんだしているうちに騒ぎになり、美月の気配に気付いた良夜が階段を駆け下りて美月を見つけるなり駆け寄った。


「美月!お前どうした…!?どこか痛むのか!?」


「良夜様…っ!」


ずきずきするどころか身体の芯まで響く痛みに美月が気を失うと、良夜は血相を変えて美月を抱きかかえて遊郭を出た。


「美月、しっかりしろ!」


この女を失ってはこの先生きていけない――

良夜は足早に宿屋に向かい、美月の無事を祈った。