授業が終わって賑やかな廊下を通り抜けながらも、心に田中君から渡された謎を抱えたままだった。

今日もお弁当を持って、非常階段に行く。

人気のない長い灰色の廊下にたどり着くと、忘れていた気不味さを思い出した。



田中君の噂の出どころはどこか。

そんなの思いもしなかった。


そもそも、噂の出どころが一つなわけがない。噂には製造工場なんてなくて、大体自然発生的な物だと思う。


例え『噂製造工場』のみたいな人物がいたとしても、その正体を知らない方がいい。このまま今のままで平和だから。

私は何にも不満はないし、もしあったとしても、半分笑い話みたいな噂に巻き込まれている私が、それを解決なんてできるはずがないから。

きっと佐倉咲も考え直しているだろう。
何も変える必要は無い、たった3年間の生活を脅かす必要は何もないんだ。


そうでなければ、私に失望してここには来ないはずだ。


そうやって後ろめたさから自分を解放し、非常階段のドアを開けた。


佐倉咲は変わらず階段に座っていた。





「大学受験って二年生の秋から準備し始めるのが普通なんですか?」

「私はちょっと早いのかも、普通は冬に本格的に始める人が多いって聞くよ」


「そうなんですね、先輩が塾言ってるって聞いて少し焦ってました」

「大学受験のこと考えてるの?」


「そんな意外そうな感じで言わないでくださいよ、私だって考えますよ」

「確かに、大学のこと考えると普段の勉強のモチベーションも上がるもんね」


「先輩はそういう風に考えて勉強してるんですね」

あの話をしてから流石に気まずいのか
佐倉咲は田中君の話には触れなかった。



その代わり以前よりも彼女は自分の話をするようになった。主に勉強の話が多いけれど、佐倉咲との関係が前よりも少し対等になったような気がした。


「勉強のモチベーションかぁ、そんなの考えたことなかったです」
「モチベーションになりそうなはある?」


「んー、正直今まで赤点取らないようにしか考えてなかったです」
「なら、高校受験の時はどんなこと考えてたの?」


一応この高校は進学校で、皆入試のために割と勉強はしている。実際私は彼女のようなタイプの勉強が嫌いそうな人間は何を考えているのか興味があった。

すると、佐倉咲は何かを思い出したのか、急に顔を真っ赤にして言った。


「あの、すっごい恥ずかしい話してもいいですか?」
「いいけど、何?」


「絶対!誰にも言わないでくださいよ!だれにも言ってないんで!」

誰に言うんだよ。と心の中でツッコミながらも、話を聞きだすために静かに首を縦に振った。

「昔、小学生の時の話なんですけど、私もしかしたらその時すごい人に会ったのかもなんです」


すごい人だなんて漠然としたことを言われても、何を言いたいのか分からない。


「すごい人って?」
聞くと佐倉咲は話恥ずかしがりながらも、夢中になって話始めた。