「中村さん、今日は珍しくぼうっとしてたね」

授業が終わると、他の生徒から今日の授業の質問に答えていたカズオ先生は自習室に向かう黒髪になった私に声をかけた。

カバンにカツラが入っていることは、
この先生でさえ知らない。私だけの秘密だ。


「寝不足なのかもしれないです」


平気な顔で嘘をつく。
この手の誤魔化しは得意になってしまった。

それは癖のようなもので、いくらカズオ先生にでも、簡単には考え事の内容を塾の中で全部明かす気にはならなかった。


「受験までまだ余裕あるから、そんなに根詰めすぎるなよ」


何かを感じたのかカズオ先生は心配そうに私を見ているような気がした。そんなカズオ先生の妙な勘の良さはあまり好きじゃなかった。


その日は、答え辛いことを聞かれそうな気がして、自習室から少し早めに抜け出した。