チャイムが鳴りハッとする。
次は昼休み、リュックからお弁当と単語帳を取り出して立ち上がった。
私の日常は平和に過ぎていた。
あの雨の日、移動させたはずの段ボール箱は、
なかった。あの子犬はどうなったのだろう。
私がいなかったあの数分間に、
何者かがあの子犬に何かをしたのは確かだった。
もし、先に見つけた時に私が拾っていれば、
どうしてもそう考えてしまう。
けれど、
このような後悔に後味の良いものなんてない。
だから、子犬のことを考えるのはやめよう。
きっとあの子犬は、どこかの慈悲深い素敵な人に、拾われて幸せに暮らしている。
そう願うことしか、一度見捨てた私にはできない。
それに、子犬が私の平穏な生活を邪魔していたかもしれない。
消えた子犬の心配をする程に、
私の日常は変わり映えのしないものだった。
体育は見学し、移動教室の前の時間は教室の窓やドアの鍵を閉め、昼休みは非常階段で過ごす。
この三つは何も変わらなかった。
が、しかし、私の静かで平穏な日常にも
小さな変化があった。
それは、非常階段の扉を開けた先に時々現れる、
新しい色の日常で…
「あ、先輩!遅いですよ!」
きれいな笑顔の美少女が非常階段に腰かけている。
困った人だ。
ここで食べてもいいとは言ったけれど、
二人で一緒に食べる約束なんかした覚えはない。
「先に食べてていいのに」
そう、この間ひょいと現れたロシア人形のような一年生。佐倉咲。
名前に劣らず美しい彼女が、
非常階段に来るようになったのは一週間前。
それから彼女は度々、
昼休みを非常階段で過ごしているようだった。