ばあさんに聞かれ、
初めて名前を言っていなかったことに気づき、
簡単に口を開こうとした。

が、その刹那、目の前の爺さんも婆さんも。
まだ俺にとっては、見知らぬ他人であることを思い出した。

そして、俺は開きかけていた口を閉じ、
再びむせたふりをした。

俯くと、テーブルの上に置いてあった箸袋の文字、
[中華料理北斗軒]が目に入る。

外からは雨音が聞こえて、

「あ、雨音です、雨音チカ」

メニュー表を見たまま答える。

「チカくん?女の子みたいな名前ね?
よかったらまた来な」
「いや、あの…」

全く知らない人に、ここまで優しくされたことが無かった俺には、理由のない優しさは居心地が悪かった。

その親切の意味を探ろうとしても、全く分からない。二人の年寄りの表情の動きから無理やり、その笑顔と親切の意味を考えても、何もヒントにならなかった。


困惑する俺にじいさんが言った。

「チカくんか、気に入った。何があったか知らんけど、いつでも来なさい。なあ、ばあさん!」

「そうね」

ばあさんは笑顔でうなずいた。

その時俺は何と言っていいのか分からず、
どんな顔をしたらいいのかもわからなかった。

ひょいと首を前にだして、一応感謝思いを表した。