だいたい30代くらいだろうか。
若くもなくオヤジでもないそんな感じ。

目があった瞬間、腕を引き寄せられて、
酔っ払いが私の耳元に囁いた。

「今日、家出しない?」

怖い!キモい!臭い!最悪!最低!

一気に私が知ってる限りの
不快さを表す言葉が頭の中で渦巻きだす。

それなのに、得体の知れない大人に
腕を掴まれてるという恐怖から足が動かない。

「おい!」

後ろから凄みのある声がした。

「お前だよ!」

ヤンキーの喧嘩でも始まったのかな、
夜の都会ってこんな人たちがいるんだった…

「テメーだよ!ジジイが」

見ると黒いジャージに黒い帽子、
シルバーのアクセサリーをつけた
見るからにヤンキーの男が立っていた。

え、なんか更に危ない人に絡まれてない?
まだ酔っ払いだけの方がマシだ。

心の中では呑気なことを思ってても、体は動かなくて。

ヤンキーが酔っ払いの肩に手を置いて、
何を言うのかと思ったら。

「コイツ、俺の女なんだけど」

は?え??

酔っ払いは一瞬怯むも、私の腕から手を離してくれない。

「何言ってんの〜?
君みたいなのがこんな地味な子と」

「だから汚ねぇ手、離せよ」

酔っ払いの言葉に、
ヤンキーのよく通る声が重なる。
その声は冷静にも聞こえる。

だけど、その響きの奥には研ぎ澄まされたナイフの様な鋭さと敵意が潜んでいる。

ヤンキーはそのままゆっくりと酔っ払いに近づいて、拳を引いた。

怖くなって、空いている方の手で顔を庇って目をつむった。

ゴッ!という鈍い音と共に、

酔っ払いの手から解放された、それと同時に信号が青に変ったのか、カッコーカッコーと音が鳴り始めた。

少しずつ閉じていた目を開けると。


遠くに殴られた酔っ払いのフラフラと信号を渡る後ろ姿が見えた。

さっきまで不思議なほど動かなかった体が、嘘みたいに解けていく。

振り返ってお礼を言おうとしても、
怖くてヤンキーの顔も見ることもできない。

下を向いたまま声の方へ向きを変えると、
見えたのはヤンキーのイメージには似合わない
綺麗で上品そうな色白の手だった。


わけがわからないまま私は
ヤンキーの手に向かって、全力でお辞儀しながら

「あ、ああありがとござます!」

噛み噛みのお礼だけ言い捨てて、
走ってその場から逃げた。


「大丈夫かよ」


その言葉を聞く前に、
私は点滅し始めた青信号を駆け抜けた。

「ん?おい!待てよ!」

塾の手帳を落としたことも気づかずに。