[another side]





俺は1人、その場に立ち尽くしていた。
彼女との噂は、本当にただの噂にすぎない。
だから、初めてその噂を聞いた時は突然湧いて出た事に当初は驚いた。


彼女との仲は、ただの噂なんだ。


なのに、俺の目に入った光景はその現実を俺に痛いほど再認させた。


分かっていた。

分かっていたからこそ、
今あの2人を見て動揺している自分に動揺した。

よりによって、どうして二人が…。

一番見たくない二人がならんでいて。


今まで少しずつ積み重ねてきたものが波にさらわれた砂城のように無残に崩れ去っていく。



手にした気になっていたものは
ただの幻想だった。



自分が何を望み、いったい何が欲しいのか。


他のことに気を取られて見失っていた。
だけど、たった今。この瞬間。


俺は一体何が一番欲しいのか、
そのすべての答えを知ってしまった。


胸の奥の凍てつくような痛みと共に…。




そう、答えはたった一つ。
それはあの人だった。



本当はずっと欲しかった。
あの、一人でも立てる気高さと、妙な真っ直ぐさが。


だけど、この先に俺が進む未来は
楽園へ向かうゆるい上り坂では決してない。


俺の進む道は、平坦な道ではない。
一寸先は闇なのかも、その先に光があるのかも分からない。


だから、

俺は何一つとして隙を作ってはいけない。


何も持たないからこそ、俺は手段を選ばずに、ここまでのし上がれたのだから。


これからも、道なき道を突き進む。


きっとこの先、もっとずっと強大な何かが俺の前に立ち塞がるだろう。


その時、同じ道をあの人と歩ける気がしなかった。


守るのは簡単だ。


俺があの人を独り占めして、どこに行っても一緒であればきっと守ることはできるだろう。



あの人はきっと、
ただ守られるだけの人生を望んだりしないだろうから。



その身の自由のために、孤立している彼女から自由を奪うことだけはしたくない。




だけどもし、あの人がいなかったら。



他のものすべて…


俺のすることの何もかもが
無意味に感じてしまうのだ。



激しい情動に飲まれて
俺は発信ボタンを押していた。




「チカ?」
「カイト、お前今日何しに来た?カイト。
言ったよな。探すのに集中しろって」

「何?チカ。もしかして見てた?」


カイトは呑気な声で続けた。


「別にアレは女漁りじゃねぇよ、昨日バイト中に知り合った子がこの学校の子でさ」


「辞めろ」


自分の声なのに冷たいと思った。
それでも、まるで誰かが話しているように俺の口は、ひとりでにカイトの言葉を遮っていた。


「なんで?チカどうした?」


「とにかくアイツだけはダメだ」


数秒間、沈黙が走った。

カイトに説明もせずにダメだなんて、今まで一度も言ったことがない。だけど、今はただダメだとしか言いようがないから。


「チカ、なんでダメなんだよ。あの子は絶対いい子だろ」


カイトの言葉に返す言葉が見つからない。
ただ、ダメだとしか…。


「同じクラスだからか?心配すんなよ。北斗軒には連れて行かねぇし」



「そういうんじゃなくてさ」


「じゃ何だよ。お前の女でもねぇのに一々口出しするなよ」


気がつけば言っていた。


「そうなんだよ、カイト」



「え?」



「アイツは俺のだから」



一方的に電話を切ると、別の番号から着信がきて、俺は半ば後ろ髪を引かれながらも急ぎ足で体育館裏へ向かった。