後藤魁人は興味がなさそうに相槌をうつと下を向いたまま言った。


「意外と抜けてて可愛いのな」

「へ?」

後藤魁人の唐突な「可愛い」に驚く。
私が拍子抜けしている間に、彼は話題を戻した。


「詳しく聞く気はないけどさ、
普段帰ってる道なら迷うはずないだろ」


ま、それはどうでもいいんだけど。
と独り言のように付け足す。


彼はまるで何もかも見破っているような物言いで話すのに私は後藤魁人のことを何も知らない。

このままでは不利なような気がして、私はふと思ったことを聞いていた。


「チカさんでしたっけ?」

「え?」
「あの…知り合いかもって言ってた人」

「そんなん言ったっけ?俺」
「はい、昨日…私の制服見て言ってましたよ」

「記憶力いいのな」

笑顔で言う後藤魁人を見上げて思った。
何にも知らないのに何故かこの人に褒められると心地良かった。

「その人に会いに来たんですか?」

ううん、と首を振る。
その仕草はなんだか小さな男の子みたいで、今までとっていた距離も、偏見も、全て忘れそうになった。


「それじゃあ何しに?」


迷うように後藤魁人の瞳が揺れた。
目をそらして、咳払いをすると
後藤魁人は私の目を真っ直ぐに覗き込んで言った。


「あんたに会いに来た」


その視線は危険なほどに純粋で、真っ直ぐな言葉に圧倒される。



「嘘でしょ」

不意に吹いた風が甘いチェリーの香りを私の所まで連れてきた。


「これが本当なんだな」

「もしかして、何か問題でも?」


彼に聞くと優しく笑いながら、
「ううん。ねぇよ」

とのんびりした口調でいう。

「じゃあ何しに?」

後藤魁人が大きくため息を吐くと、
甘い香りはさっきよりも濃くなった。


「俺、昨日会ったばっかなのに、
すげぇ気になってさ」

「何が気になる」とははっきり言わないから、
一瞬、彼が何のことを言っているのか
分からなかった。


後藤魁人が私の体操着についている名前をじっと見て彼は「あんた朱莉ってんだな」と言った時、初めてソノ対象が私なんだと気づいた。


顔がこわばるのが自分でも分かる。


「…もしかして、罰ゲームでそんなこと言ってるの?」


私が言うと、男は私の言葉を消し去る勢いで豪快に笑って

「なわけねぇだろ。そんなクソみたいな罰ゲーム受けるほど俺は弱くねぇよ」

と吐き捨てるように言った。



彼が時々使う乱暴な口調と言葉は全然慣れない。


後藤魁人は私が驚いたことに気づいたのか、
私を気遣うように笑った。



「よく知らないけど存在が気になるっていうか、さ。そういうことってあるだろ?」



後藤魁人が言っているのに、何故だか不意に田中君の顔が浮かんだ。

きっとそれは…
私もある意味彼の存在を気にしているからだ。


「気になってる」なんて突然言われて、なんて返せばいいのか、返事に困っていると後藤魁人は優しい声で言った。



「何かあった時、その時、俺を頼ってくれたらさ、俺はちゃんと守るから。」


それだけ言いにきた。
と言うと、彼はその場を去っていった。