人気のない新校舎の裏側、ぴょんぴょんと生える雑草を踏んづけて、掃除の行き届いていない教室の窓ガラス前に着くと後藤魁人は口を開いた。
「なぁ、最近変な噂とか聞いたりしてない?」
「……さぁ」
私を見つけるなり話したいことがあると、
真っ直ぐで純粋な目で後藤魁人は私に告げた。
出来れば人が少ないところで、なんて…。
まさか…
まさか…この人が学校に来るなんて想像もしなかった。
黒いキャップを被り直した、
後藤魁人の少し先を私は歩いていた。
曇り空のグラウンドから日陰の校舎へ、
エレベーターホールを抜けて再び淡い光の下へ出る。
その道すがら、私の後ろを歩いている後藤魁人という男が昨日会ったばかりの私に、いったい何を話そうとしているのか考えていた。
昨日、あのあと何かあったのかな?
それとも…
二つ目の候補が浮かび上がる前に、
脳内で言葉にするのをやめた。
それにしても、昨日の夜のことなのに、
起きたこと全てにまるで現実味を感じられなかった。
彼の背中につかまって、流れる光を横目に暗闇を風をきって走ったことが、今も夢の中の出来事のように感じる。
シャッター街、夜中までやってる中華料理屋。
暗い路地にポロポロと落ちていた白い歯、
怪しく光る歓楽街、ニタリと笑う男。
その全てがまるで、ほぼ毎日通ってきていた塾がある街だとは到底思えない。
そこは異世界のように、得体の知れない未知の恐怖がその場所全体に漂っていた。
そんな場所から私をバイクで連れ出した赤髪の男がよりによって今、目の前にいる。
「噂、知らね?」
この学校の噂と聞いて思い浮かぶのはただ一つ。
だけど、自分のことだから知らないふりをした。
「どんな噂ですか?」
「なんでも。すぐ思いつくやつ…」
噂と聞いて真っ先に思い出すのは、田中君と私のこと。だけど、自分のことだけに昨日初めて会った人に言うのはためらった。
「例えば…クラスの地味な奴の噂とか」
「いや……」
「知らないならいいよ。
知らない方がいいこともあるから」
まるで何か全ての事情を知っているような物言いに、胸がざわついた。彼は何か知っているの?それとも…
私が疑問を持った瞬間、まるで被せるように後藤魁人は言った。
「昨日は聞かなかったけど、
なんであんなところに迷い込んだ?」
その質問に体がフリーズする。
もはやどうして昨日、あんな所に居たかなんて分からない。上手い説明なんて、直ぐには見つからなかった。
「塾から帰ってる途中に道に迷っちゃって」
ああ、塾ね。と納得したように呟く彼の横顔に、内心安堵の息を漏らしかけたその時、後藤魁人は言った。
「もしかしてそれも?知らない方がいいこと?」
私の即興劇はむなしくも簡単に見破られてしまった。後藤魁人の深追いしなさそうな聞き方に思わず、私は言ってしまった。
「そんな大したことじゃないけど、
まぁそんな感じです」