改札を抜け人ごみの中を進んでいると、灰色の分厚い雲が空を覆いつくしていた。


蒸し暑くじっとりしてたのはこの仕業か。と内心天気へ文句を言いながらも、私はいつもより荷物の少ない鞄を肩にかけ直した。

その時、鞄に気を取られていた私は手を滑らせ、持っていた定期券はコンクリートの地面に滑り落ちていった。薄い定期券は落とすと拾いにくい。イライラしながらも、中腰になって定期券を拾い上げた。

なんだか今日は嫌な日だ。

酔っ払いに舐められないように始めただけだった、けれど私は変身を楽しんでいた。

学校では「茶髪」も「化粧」も「スカートの長さ」も全部、校則で認められていない。でも、学校外で校則は無効だ。学校にそこまでの権利はないし、生徒にそこまでの義務はないはずだと、私は思った。


考える私を遮るようにポツンとおでこに雫が飛んできた。その後を追うように一粒二粒と雨粒は増え、地面の色を変えていく。

折り畳み傘を出そうと鞄の中に手を入れた。しかし、その中に赤い折り畳み傘は無かった。他の荷物と一緒に置いてきたのだった。

諦めた私は、振り始めた雨をよけるように小走りで塾へと向かった。



「お疲れ様」


授業が終わると、帰ろうとする私をカズオ先生が呼び止めた。

ずっと普段通りの私でいるつもりだったけれど、それが上手くできていたか不安だった。

それもこれも、佐倉咲の仕業だ。

彼女のあの言葉が無ければ、授業中にカズオ先生と合った視線を私から不自然に逸らすことは無かったのだから。

「今日もありがとうございました」

この返答もうまく出来ているのか、この距離がちゃんと先生と生徒の距離感なのか、色々考えすぎてしまう。

「最近、中村さんどう?勉強はかどってる?」

カズオ先生は教室の机に腰かけると、子犬のような上目遣いで私を見上げた。

「いや…」
「最近急に質問しに来なくなったからさ。
何かあった?」

ただただ純粋に私を気遣う先生の視線から逃げるように、目を逸らして口先で言う。


「母に早く帰れって言われて」

嘘でもない。けれどそれは事実でもない。
愛想笑いで全てをごまかした。

「そっか」

安心したように笑うと、先生は教室を見渡した。

その視線に釣られて教室を見渡すと、
残っていた他の2,3人の生徒は教室からいなくなっていた。