天満つる明けの明星を君に【完】

小窓を開けて外を見ていた男がゆっくり振り返った。

その後ろ姿だけで誰かに似ているなと思っていたが――振り返った顔を見た雛菊は、幼い頃に一度しか会っていなかったのに、面影を見て深々と頭を下げた。


「主さま…!」


「うん。天満の連絡が途絶えたからどうしているのかと思って来てみたんだが…」


新たな当主となった朔は幼かった頃以上に美しく、傍でやわらかい笑みを湛えて座っていた雪男の美貌も相まって目が潰れそうになった。


「天満様は…その…数日お戻りになっておられません」


「何かあったのか?知っているなら教えてほしい」


手招きされておずおずと朔に近寄って座り直した雛菊は、戻って来ない事情を話すことができずにただただ俯いていた。

朔は一切追求せず、また外を見て静かに待っていた。


「…私に会いたくないのかもしれません」


「どうして?」


「私が…私が天満様を慕ってしまいそうになったから…」


――それは朔にとって朗報であり、また天満が夫が居る身の雛菊に慕われて混乱して心の整理ができず、帰ってくることができないのだろうと推測して傍の雪男の肘を突いた。


「式神を飛ばす。届いたら戻って来るだろうから、百鬼夜行以外の時間は天満の家で待つ」


「了解。天満が戻ってきたら俺は幽玄町に戻って屋敷の番をするから、こっちは気にするな」


「あ、あの…?」


話が読めずに雛菊が戸惑っていると、朔はにっこり笑いかけてぽうっとさせて、お得意のごり押し。


「お前の主人は留守で居ないようだから、ここにもう用はない。さあ、天満の家に戻ろう」


朔が護衛の雪男を伴って意気揚々と立ち上がると、雛菊は再度念押しをした。


「でも戻って来ないかも…」


「式神は天満に必ず届く。俺宛ての文を見て戻らないようだったらどうなるかは、あいつが一番よく知っている」


にやり。

自信満々に不敵な笑みを浮かべた朔だったが――

これからどうなるのか分からず、朔に肩を抱かれてなおいっそう混乱しながら宿屋を後にした。